オレにとって、笹川了平という人間は、好きな女の子の兄だという認識がいちばん最初だった。了平さんは京子ちゃんと兄妹だとは思えないくらいに、性格が違っていたけれど、やっぱり兄妹だから顔立ちはどことなく似ていた。でも、そんなのは出会ったころじゃなくて、それよりもずっと後、了平さんのことを見つめているうちに気がついたことだった。鬱陶しいくらいにオレのことをボクシング部に誘い続けていたけれど、本当の意味で強要をしてくることはなかったように思う。きっと了平さんは強引に誘っていたけれど、オレの意志でボクシング部に入部して欲しかったんじゃなかったのかな、と今なら思うことができる

 今になってからだけれど、中学生当時のオレは、ボクシング部に入部くらいしてもよかったんじゃないのかなと思うことがある。だって、了平さんは、ボンゴレの血統であるがゆえに、ボンゴレを継ぐ宿命だったオレと関わってしまったがために、マフィアなんぞになってしまったのだ。おそらく、ボクシングを続けていれば、了平さんは天性の才能がゆえに、チャンピオンになるくらいの器があったろうに――、オレと出会ってしまったがために、マフィアのボスの守護者なんていう、とんでもない職業についてしまうことになってしまった。

 そもそも、オレも本当にマフィアになるなんて思ってなかったんだけれども。結局は、周囲に流されるように――というよりも、高校に入学した辺りからはオレ自身も途中から抵抗らしい抵抗もしていなかったんだけれども――、ボンゴレの王座にあっさりと座ることになってしまった。まだ年端もいかないオレのことを認めていない古参の人達もたくさんいたり、すごく嫌なこともたくさんあったりするけれど、考えていたより、思っていたよりも、それらは辛くはなかった。たぶん、守護者のみんながいてくれるから……、了平さんがいてくれるからだと思う。みんな、駄目なオレのことを必死に支えようとしてくれていて、――ときどき、オレはみんなに何を返したらいいんだろうかと思って、すごく胸が苦しくなることがある。

 獄寺くんも、山本も、ランボも、骸も、雲雀さんも――、了平さんも。
 マフィアにならなかったら、どんな人生を送ってたのかなあとか、考えることがある。

 オレも、マフィアにならなかったら、どんな人生だったのかなあって思うことがある。

 そう思うことがあるけど、
 あるんだけれど、結局のところ、オレはマフィアの道を選んでしまうと思うんだ。

 オレを教育しにリボーンがイタリアからやってきて、獄寺くんとが来て、山本と仲良くなれて、リボーンを狙ってランボがやってきて、雲雀さんとも接点が出来て、了平さんと拳を交えたりして、骸と戦って――。
 もしも、リボーンがオレのところにこなかったら、みんなと関わり合うことなどなく、すごくつまらない人生を過ごしていたような気がする。だってそうだよね。オレ、たぶん、リボーンが来る前と来たあとじゃあ、全然意識が変わってるって思うもの。どこが?とか言われると困るけど。でも変わったと思うんだ。……変わってると、いいなあ。


 話がとてもずれたけれど。

 オレにとって了平さんっていうのは、京子ちゃんのお兄さんで、ボクシングととっても愛していて、熱い男で、オレがすっごく苦しかったり、悩んでたりすることを、いとも簡単に見抜いて――普段は天然だと思うくらいに鈍感だったりするのに――、オレのことをぐいっと明るい場所へ引っ張り上げてくれる存在だった。獄寺くんや山本には言えないことも、了平さんには言えたりした。たぶん、獄寺くんとか山本は同い年だし、友達だから、格好悪いところって見せたくないっていう、オレのなけなしの見栄っ張りなところが相談することとかを邪魔してたんだと思う。
 ともかく、了平さんが中学を卒業して、並盛高校に通うようになっても、オレは了平さんとこまめに連絡をとっていた。メールはまどろっこしいからと、了平さんはすぐに携帯に電話してきたりした。そんなところはとても了平さんらしいと思う。オレはといえば、電話して、もしも了平さんの時間を邪魔しちゃ悪いなあと思って、もっぱらメールをしてばかりだった。短い返事ですむようなメールの返信は了平さんもちゃんとしてくれた。ただ、五行以上の返信のメールが必要になると、やっぱり了平さんは電話をしてきた。オレの電話は、クラスメイトからと了平さんと母さんからとで着信音を変えていたので、了平さんから電話がかかってくるとすぐに分かった。電話で顔が見えなくても、オレは了平さんのくるくる変わる表情を想像できた。
 中学を卒業して、オレは了平さんと同じ並盛高校に進学した。
 このころには、高校を卒業すればイタリアに行くことがほぼ確定していて、いろいろな事を踏み越えてきたオレは、「マフィアにならないって選択肢はもうオレにはないな」と覚悟を決めていた。だから勉強は必死になってした。
 中学からの同級生は「ダメツナがこんなに成長するなんて」と冗談めいて言ったりしていたけれど、オレだって自分がこんなふうになるなんて思ってなかった。イタリア語なんて高校で習うことなんてないから、家に帰ってリボーンやビアンキ、はては獄寺くんとかにまで教えてもらっていた。ついでだと言って、山本や了平さんもリボーンのイタリア語教室――といってもオレの部屋なんだけど――に参加し始めて、オレの家は以前よりも増して騒がしい毎日になった。

 高校時代は必死に勉強して、休日にはみんなと思いっきり遊んで、すっごく充実してたように思う。たぶん、オレは理解してたんだと思う。普通に高校に行って、普通にみんなと映画に行ったり、遊園地に行ったりできるのは、「今しかない」って。
 イタリアへ行って、ボンゴレと今よりももっと深く関わるようになったら、「普通」とか「日常」とかを急速に失っていくって理解してたんだ。


 了平さんは、高校の卒業式のときに言ってくれた。


『俺をイタリアへ連れて行け。極限におまえの役にたってみせるぞ』


 いつものように明るく笑って、右の拳を胸元へ添える。
 本当に。
 純粋に。
 格好いいなあと思った。

 オレは了平さんに笑顔を返すので精一杯だった。
 この人を本当にマフィアの世界に連れて行っていいのか。
 オレが連れて行く訳じゃないけれど、了平さんはきっと自分の意志で選んだ道だと言ってくれるとは思うんだけれど……。オレが本当に、本当に「嫌だ」と言えば、きっと了平さんはイタリアに行くのを、マフィアになるのを諦めてくれるんじゃないかと思ってるんだ。その方がいいんじゃないかって。もちろん、獄寺くんや山本や、雲雀さんに対しても常々思っていることなんだけれど。でも、獄寺くんや山本や雲雀さんは、こう言ったらおかしいのかもしれないけれど、マフィアとか闘争とか、そういうものに多少は魅入られているタイプの人間のような気がしてる。もちろん、それにはオレも含まれてたりする。戦うのは今でもすごく嫌だけれど、中学のころから今まで経験したことからオレは学んでいた。オレは、オレの血は、ボンゴレの血は、どうあがいても、闘争の本能からは逃れられないのだと――。


 了平さんは言う。

『これからもおまえと同じ道を歩むために、俺は精進していかねばならないな!』


 いつの日か、この人に人殺しを命じなくてはならなくなるのだろうか。
 了平さんは守護者で、オレはドン・ボンゴレで――。
 あと少しで先輩と後輩じゃなくなってしまう。

 命じる側と命じられる側へと立ち位置が変わる。

 そう考えるたびに、すごく憂鬱な気分になった。








『笹川了平の場合』
『そして彼等は』