沢田綱吉の高校最後の冬休み――、クリスマスが終えて年末の準備が始まるころにいつもの並盛メンバーと黒曜中の面々と沢田家の居候組は、大人数で千葉にあるテーマパークに行こうという予定をたてた。

 人数が修学旅行並だったので、家光が豪快に中型バスをレンタルしてきた。
 当日、並盛中学の前で待ち合わせをし――休日とはいえ部活中の生徒達が何事かと興味津々な様子でバスに注目していた――、家光の運転で現地へ向かった。

 乗車後、まずは綱吉の隣の争奪戦が静かに始まったのだが、彼はダイナマイトを取り出した獄寺を笑顔でぴしゃりと叱りつけ、山本と同じ席に座った。獄寺はふてくされたものの、綱吉自身が決めてしまったからには異論を唱えるつもりはないらしく、不機嫌そうに彼等のななめうしろの席に座った。雲雀は一人で後部座席に乗ろうとしたのだが、沢田家の子供達が先に陣取ってしまったので、無闇に退けと言う訳にもいかず、比較的空いている前方の席に座ると、足を組んで眠ってしまった。そもそも、雲雀がテーマパークのなかでも、トップクラスに混雑しそうな場所へ来たのは、他でもなく、綱吉自身が「一度だけでいいんで、オレの我が儘につきあってください」と頭を下げたからだった。何故、了平がそのことを知っているかといえば、素直に不思議に思って雲雀に聞いたからだった。「だから、来たのか?」了平が言うと、雲雀は答えた。「最初で最後だからね。後輩のお願いを聞いてあげるのは」無表情のままに言い、雲雀は黙り込んでしまった。

 先輩と後輩という関係は、綱吉が高校を卒業したら消えてしまうだろう。了平や雲雀はボンゴレの守護者で、綱吉はボンゴレのボスだ。関係性が逆転する。

 千種と犬は一応隣同士で座ったらしいが、各々に携帯ゲームをしたり、音楽を聴いたりしていて干渉し合う様子はない。クロームは京子やハル達と一緒に子供達の近くに座って、微笑ましい空間をつくっていた。そして六道骸はというと、彼は一人で席に座り、文庫本を手にして静かに読書をしているようだった。

 了平はバスの前の方に座っていた。乗り物に乗ると、どうしても前列のほうへ座ってしまうくせは子供の頃からあった。バスの大きな窓から見える、自分の行く先を眺めていると、不思議な心地を感じる。己がどこへ向かい、どこへ行くのか。それは人間への根本的な問いかけにも似ていた。

 しばらくして、誰かが近づいてくる気配がして、了平は振り返った。走行中のバスの通路をよろよろと綱吉が歩いてくる。思わず了平は席から腰を浮かせて、立ち上がった。

「どうした?」

「あ、……ちょっと、気分悪くなっちゃって……」

「座るか?」

 了平が己の隣の席を示して問うと、綱吉は首を振った。

「あ、いえ、……一人で平気です」

 青い顔をして笑う綱吉が心配になって、了平は彼の手を取った。了平の手に驚いたように綱吉は目を見開いたが、振り払いはしなかった。

「肩をかすぞ。そのほうが眠れるだろう?」

「――あ、……じゃあ、はい。すいません。おねがいします」

 綱吉は了平に手を引かれるままに席に座った。シートに身体を沈ませた彼は、そうっと息を吐き出して目を閉じる。あさく刻まれた眉間のしわが、彼の体調不良を訴えていた。了平は綱吉の肩に腕を回して、そのまま彼の側頭部に触れ、了平の肩へと綱吉の頭を導いた。小さく声をあげたものの、綱吉は抵抗せずに了平の肩に頭をあずけ、身体を寄せてきた。

 了平は肩に寄せられた綱吉の顔を静かに見下ろす。中学の頃と比べれば成長しているものの、どこかまだ頼りなさそうな雰囲気がぬけていない。それでも了平が綱吉と出会ってから、五年ほどの歳月が経過していた。長いようで短い年月だ。綱吉が卒業をすれば、了平も含まれたボンゴレの守護者とそれに関わる人間すべてが、イタリアへ一度に渡る。それはまるで、今回のセミ修学旅行と似たようなものだろう。綱吉は大勢を引きつれてなじみも親しみもない異国の戦場へ向かうのだ。それはハーメルンの笛吹きやセイレーンをぼんやりと連想させた。
 導かれて、導かれて、――我々はどこへ向かうのだろう。


「あ、の……」


 綱吉のおずおずとした声音が了平の耳元をくすぐる。そこでようやく、了平は自分の腕が綱吉の頭を抱えたまま、指先で綱吉の髪をすいていることに気がついた。はた、と了平と綱吉の視線が交わる。彼はなんと言っていいか分からないかのように、半分笑いながら半分は困っているようだった。一瞬、了平は手を離しそうになったが――やめた。


「どうかしたか? 寝てていいぞ」

「あの、えと……」

 了平は笑みを浮かべて、綱吉の頭を撫でる。
 おそらく、彼がマフィアのボスになったら、了平にはこういった面を見せることがなくなるだろう。そんな予感があった。ならば、今だけでもいいから、彼に存分に触れていたいと了平は思っていた。


「寝ていろ。まだまだ、道のりは長いんだからな」


 了平の胸にあふれる想いに名前も自覚もない。

 あるのは――、触れていたいという素直な欲求だけだった。




×××××




「どうかしたか? 寝てていいぞ?」

 了平が笑って言うので、綱吉は何も言えなくなりそうになる。肩にのっている了平の腕の重さと優しく髪をすいてくれる彼の指がくすぐったかったし、なにより照れくさくて気分の悪さも忘れるほどに緊張し始めていた。

「あの、えと……」

 言いよどむ綱吉の頭を了平の手が撫でる。彼の大きな手のひらは、少しだけ父親のような面影があり、妙な安心感があった。

「寝ていろ。まだまだ、道のりは長いんだからな」

 触れあった部分から了平の声の振動が身体に伝わってくる。
 了平の優しい声と頼もしい笑顔がすぐ側にあるというだけで、綱吉は心地がいいような、浮き足立つような気持ちになって、――それがまるでときめきを感じたときのドキドキ感と似ていて思わず苦笑してしまった。了平は京子の兄で男性だ。ドキドキしている理由は、きっと気分が悪いのと、過剰に触れあってるせいに違いないだろう。そう思いながら綱吉は黙って了平の身体に身体を寄せて、目を閉じる。



 了平の腕の重みを肩で感じ、指先の優しさを髪で感じて――、綱吉はゆるゆると眠りの中へしずんでいった。





















相手を想って思うこと 感情はいつだってすれ違い 
彼と彼は結局は他人同士 思い合っても簡単には通じ合えない
それでも彼らは寄り添いあって 胸に潜む感情に名前がつくのを待っている

彼と彼が想いに名前をつけるとき  したたかな沈黙は破られる






【End】