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沢田綱吉が並盛高等学校を卒業する日。
リボーンは沢田家でひとり、留守番をしていた。ランボやイーピンは通常通りに小学校へ通っていたし、沢田奈々はビアンキと共にフゥ太を連れて綱吉の卒業式に参加するために高校へ行っている。沢田家光は例のごとく、国外にて仕事に就いているため、沢田家には不在だった。
いつもは騒がしい沢田家が、まるで別の邸宅のように物静かだった。リボーンは綱吉の部屋で、彼の勉強机に指先で触れていた。中学生のころからずっと使い続けてきた机は、子供達や幾度も繰り返された獄寺のダイナマイトのおかげでボロボロだったが、高校を卒業するまでは買い換えることなく使用しつづけていた。
古い傷跡がいくつも刻まれた机で、綱吉はリボーンに様々な知識を教え込まれた。日本の高校生が必要な知識はもちろんのこと、イタリア語やマフィアについてのあれこれもみっちりと教えた。中学生のころは「マフィアになんか絶対ならないからな!」と言っていた綱吉だったが、高校に入学するころになってからは、リボーンが驚くほどに素直に勉学に励むようになった。家庭教師として、リボーンは教え子である綱吉にあますことなく教育を施した。それはボンゴレのボスになるべく必要な作法、処世術、帝王学、読心術と読唇術、経済学、経営学――、教えられるだけの知識を綱吉へと注ぎ込んだ。リボーンから見れば、まだまだ不安定ではあるものの、ボスとしての資質と外面がようやく釣り合うようになったかのように見えた。
勉強机の前にあった椅子の背もたれに手をかけて引き、少し背伸びをして椅子に座った。きしりと椅子のスプリングがきしむ。五年前のある日、リボーンの身体はアルコバレーノの呪いから解き放たれ、成長を始めた。肉体的にはまだ五歳になったばかりで、まだまだ内面とのギャップが大きな溝となっている。リボーンには大きすぎる椅子に座って、そこから見える窓から外を眺める。綺麗な晴天の空と平穏な町並みが続いている。卒業にはもってこいの、良い天気だった。
綱吉は今日、並盛高等学校を卒業する。
そして、二週間ほどの準備期間を終えたあと、イタリアへと渡る。
イタリアへ到着してすぐにドン・ボンゴレとして就任する訳ではない。九代目の側近としてボンゴレの仕事を覚えつつ、周辺の関係者との人脈を作りあげることが、当面の間、綱吉がするべきことだった。
綱吉の卒業式が近づいていたある日、リボーンは九代目と連絡をとった。電話の理由は「綱吉の家庭教師の依頼期間の確認」だ。九代目は綱吉が正式に十代目として独り立ちするまで、綱吉の側にいて彼を導いてくれたらと言った。リボーンが「それは依頼の延長か」と問うと、九代目は「そう。依頼の延長だ」と言って笑った。彼が笑った理由がリボーンには分からなかった。依頼の更新期限と報酬の受け渡し方法を話したあとで、九代目との電話は終了した。
綱吉と離れないですむ。
そう分かった途端、リボーンは安堵した。そしてすぐに安堵した自分がいたことに驚いた。駄目でどうしようもない綱吉に教育を施すことは、万能を自負するリボーンでも容易ではなかった。考えてもいないような苦労がいくつもあった。彼の家庭教師を降りて、肩の重荷が下りてせいせいすると感じることはあれど、離れることに不満を抱くことなど、リボーンにはあり得ないことだった。
軽快な足音が、殺し屋たるリボーンの耳に届く。続いて慣れ親しんだ複数の足音が沢田家の玄関へやってくる。
ああ、ツナが帰ってきた。
無意識に染みついている綱吉特有の足音と気配が、家の玄関を開けてまっすぐに部屋に向かってくるのを感じながら、リボーンは彼の登場を椅子に座ったままで待った。
部屋のドアはノックもなく開いた。
椅子に座っているリボーンを見て、部屋の主は明るく笑う。
「あ。リボーン。ただいま」
「おかえり」
リボーンの挨拶に「うん」とうなずきを返しながら、綱吉は机の方へ歩み寄ってくる。手に持っていた鞄を机の脇に置き、もう一方の手に持っていた卒業証書の入ったケースを机の上においた。そのあとで、綱吉はクローゼットに近づいていって、その扉を開けた。からになっていたハンガーをとりだし、リボーンの前だというのに着替えを始める。とはいえ、リボーンも綱吉も同性であるし、もう五年近くも共に同じ部屋で過ごしているのだから遠慮はいらない。ブレザーを脱いで、シャツを脱ぎ、ベルトをといてズボンを脱いでハンガーにかけ、それをクローゼットの扉側へとかけ、綱吉はクローゼット下のタンスから長袖のTシャツとジーパンを取り出して、素早く身につける。そしてクローゼットにかかっていた軍服を模したようなデザインのカーキ色をした立て襟のジャンパーに袖を通した。
彼の一通りの着替えが終わるのを待ってから、リボーンは椅子から降りて彼の側へ近寄った。
「ママン達はどうしたんだ?」
「下で着替えしてるよ。ビアンキとフゥ太も一緒。これからみんなで竹寿司に集まって、卒業パーティするんだ。リボーンも来るでしょう?」
「わざわざ帰ってきたのか?」
「だって、制服じゃあ窮屈だもの」
そう言って、綱吉は視線でクローゼットの扉にかけられたハンガーにぶらさがっているブレザー一式を見て肩をすくめる。三年間という、沢田綱吉の年月が染みついたであろう制服をリボーンは感慨深げに見上げた。
「もう、その制服を着ることもないんだな」
「――落第して欲しかったの?」
クスっと笑って、綱吉がリボーンを見下ろしてくる。
リボーンは右手の人差し指と親指だけをたてて拳銃のかたちにして、人差し指を綱吉の胸へとつきつける。
「そんなことになってたら、おまえはいま目の前にいねーぞ」
「だよね。落第なんて、リボーン先生が許すはずはありませんものね」
両手を顔の脇に持ち上げて、綱吉は笑った。
制服をかけたハンガーをクローゼットへ入れて、綱吉は扉を閉じた。時間を確認するように机の上のデジタル時計を見た彼は、まだ時間があると知って、リボーンが先ほどまで座っていた椅子に座った。なにげない様子で机に片手で触れた綱吉は、机のうえに並んだイタリア語の辞書やその他の様々な教材――すべてリボーンの指示によって購入されたものばかりだ――を眺め、双眸を細める。刹那、綱吉はクローゼット脇に立っていたリボーンを見た。琥珀色の瞳は、嬉しげにも、寂しげにも、切なげにも、――見る者によって受け取り方が違ってしまうかもしれないような、実に感情の境界線が曖昧な色を宿していた。
「なんだ……?」
歯切れ悪く「あー、うん」と呟いたあと、綱吉は片手でふわふわとした癖毛をかきあげながら首をかしげるように右へかたむける。
「ぜんぶ、お前の言うとおりになったね」
「オレの、言うとおり?」
ふふ、と笑って綱吉は机に片肘をついて、上向かせた手のひらにあごをのせ、視線をリボーンへ向ける。
「十代目。由緒正しきボンゴレの、ボスになるんだね、オレは」
「そうだな」
「ボス、か。――来月の今頃は、もうイタリアなんだよね。……前に連れて行ってもらった、屋敷に初めに行くの?」
「ああ、あそこが本邸だからな」
「そっか。イタリアに行くのって、何日だったっけ? 二十五日ごろだったっけ?」
「チケットは二十六日でとってある」
「二十六日か。――他のみんなは? みんなも一緒?」
「獄寺、山本、ランボ、笹川、それにクローム、犬、千種の分はこっちで手配済みだ。雲雀はもう現地入りしてる」
「うわ。ほんと? 雲雀さん、高校卒業と同時にほとんど消息不明だったからなー。あっちで会えるかなー」
「会えるだろ。まずは守護者達を従えた状態で、九代目に謁見しねーとな」
「謁見! 時代錯誤ぽいな、そういう言葉って。……伝統と格式は年月が降り積もった分だけの重みと誇りがある――、だっけ?」
「そーだぞ」
「オレに、……守れるかな……」
頼りなく呟いてしまった己自身に驚いたように目を見開いた綱吉は、誤魔化すかのように声をたてて笑い声をあげた。
「なーんてね! 弱気なこと言ってるとリボーンに銃とか向けられちゃうよな! おまえがすべてをかけてオレをボスとして仕上げてくれたんだから、オレに出来ないことなんてないもんな。うん、向こう行っても、オレ、頑張るからさ、見捨てないで、びしばししごいてくれていいからさ――」
話していた綱吉の顔が、ふいに怪訝そうにゆがめられる。
「どうかした? リボーン?」
リボーンは己がどんな顔をしているのか理解していたが、無理矢理に感情を闇の中に鎮め込む。あり得ない。あり得ない。『そんな感情』はあり得ない。
「ツナ」
「うん?」
目をぱちくりとする教え子に向かって、リボーンは己の前の床を人差し指で指し示した。
「ちょっと、そこに跪け」
「えー、なんだよ」
綱吉は苦笑いを浮かべて、椅子から動こうとしない。
リボーンは無表情のまま、威圧するように綱吉の両眼を睨み付ける。彼は苦笑いをひきつらせ、片肘をついていた姿勢をくずし、両手を椅子のうえにのせて、首を傾げる。
「なんだって言うんだよ、いったい――」
「いいから跪け」
有無を言わさぬ声音でリボーンが言うと、綱吉は肩を震わせるようにして――おそらくは長年の間に経験したリボーンからの暴力のせいで反射的に揺れてしまったのだろう――、長々と息をついた。
「なんだよ、もう……」
椅子から立ち上がった綱吉は、リボーンが指し示した場所に両膝をついて跪いた。「これでいいんでしょう?」とでも言いたげに、綱吉がリボーンを見つめてくる。床に膝を突いた綱吉と、リボーンはほとんど同じくらいの目線だった。それでも、少しだけ綱吉のほうが上だった。リボーンは己の手の平に一瞬だけ視線を移す。小さい手のひらだ。目の前にいる教え子よりもかなり小さい手だ。どうしてこんなにもリボーンの身体は小さいのだろう。そんな理由は分かりきっている。アルコバレーノ。一言で事足りる。
「リボーン?」
綱吉が不思議そうな顔でリボーンを見つめている。
リボーンの教え子。
沢田綱吉。
彼が十三歳のころに出会い、こうして十八歳を迎えたいまも、側にいる。
あと、どれだけ彼の側にいられるのだろうか。
日本人特有の、年齢がよみにくい童顔、小さな鼻、子供のようにふっくらとした唇、華奢な体躯、細すぎるシルエット、血脈として受け継がれている確固たる意志が宿った大きな瞳――。
リボーンは綱吉の顔を眺めながら思う。
ただの中学生だった少年を、
マフィアに育て上げたのは、
リボーン以外に他にいない。
彼はこれから、リボーンと出会わなければ知ることがなかった、苦痛と絶望と後悔を一生背負っていくだろう。これから、と言わず、これまでも、そういった暗き経験を綱吉は感じてきただろう。
彼が泣くのを、何度、見ただろうか。
リボーンは、よく分からない感情にまかせて、綱吉の身体に両腕を伸ばした。驚いたように綱吉の大きな目が見開かれる。琥珀色の瞳にリボーンの姿が一瞬、大きく映った。
リボーンは膝立ちの綱吉の身体を両腕で抱きしめた。
やわらかい彼の癖毛に顔の半分ほどをうずめる。
触れた箇所はとても温かかった。
抱擁は時間にして十数秒。
リボーンは身体を離して、綱吉を見た。顔の表情は少しも動かさないように意識していたので、無表情をつらぬくことができたが、内心はひどく動揺していた。己の行動の理由がよく分からず、心臓だけが早く脈うっていた。
綱吉は、しばらく呆然としていたが、片手でくしゃりと前髪をかきあげ、顔をうつむき気味にした。前髪に隠れてしまって、彼の表情が読みとりにくくなる。
「なんなの、いまの」
リボーンは答えなかった。
綱吉は額に寄せていた手を外し、まっすぐにリボーンを見ようと顔をあげようとし――。
刹那。
何の前触れも兆候もなく、室内で爆発が起こった。火薬が爆ぜる音と匂い、窓枠や扉を揺らす振動、そして立ちこめる煙――、嫌というほど間近に見てきた例のバズーカの爆発によく似た光景に、リボーンは反射的に苛立ちを感じた。
ランボは成長するにつれて十年バズーカを使用しなくなってはいたものの、まったく使用しなくなった訳ではなかった。彼は未だにリボーンに対して何かとつっかかってきては返り討ちにあってべそをかいては、綱吉になだめられていた。十歳になっても綱吉にべったりと甘えている様子を見るたびにリボーンはひどく苛立った。
アホ牛め。
と、心の中で毒づいた瞬間、リボーンは気がつく。
部屋の扉は閉まったままで、窓も閉まっている。
そもそも、ランボは小学校に行っていて不在だ。
バズーカが発射されることはない。
と、ここまで数秒で考えたリボーンは、薄れゆく煙幕の中で動くものをとらえ、意識をそれに向けた。
「ツナ」
彼はまるで泣いているかのように、両手で顔を覆っているようだった。まるで手品か何かのように、跡形もなく煙が消えていくにつれて、リボーンのなかで緊張が高まっていく。確かにリボーンの目の前に綱吉がいる。しかし、その綱吉は――。
「……ツナ、なのか?」
あちこちに擦り傷や切り傷を作り、上等そうなオフホワイトのスーツを血で汚していた。ぽたりぽたりと額の辺りを切った傷口から赤い血が流れ出て、絨毯を転々と染めていく。よく眺めてみれば髪型やまとう雰囲気が違っている。顔を覆う彼の手には大空のリングがはめられ――十八歳の綱吉の指には指輪はない――、その手は土と血で汚れていた。
リボーンはとっさに扉と窓を確認する。どちらも閉まっている。ということは、バズーカが使用されたのは、現在ではない。目の前にいる綱吉を見るかぎり、彼は『未来』からやってきたようだった。ならば、バズーカが使用されたのは『未来』で、しかも、『未来のツナ』と入れ替わりで『現在のツナ』が未来へ飛ばされてしまったのだろう。
一瞬でそこまで考えを巡らせたリボーンは、顔から両手を外した綱吉に飛びつくように近づいた。
「ツナ!?」
彼はしきりと瞬きを繰り返すばかりで、寄り添うように座り込んだリボーンにも気がついていないかのように小さな声で何かを囁いていた。
「――うっ、うう……、誰か、リボーン? 骸? 了平さん? 誰か、……だれか、いる、の?」
「ツナ、大丈夫か!?」
大きな声で問うと、ようやく綱吉が反応するかのように肩を揺らした。そしてまったくの見当違いのほうへ顔を向け、宙へ手を伸ばす。
「……だれ? なんか、耳もおかしいんだ、聞こえづらくって……」
リボーンは片手を綱吉の顔の前へかざし、左右へ振った。
綱吉は何の反応も示さない。
何にも触れなかった指先を力無く床へ降ろし、苦しげに息を吐く。
「おまえ、目が……!」
「どうしよう……、くそっ、なんで目が見えないんだ、ここ、どこなの? なんなの、いったい、なにが起きたって言うの!?」
両手で頭を抱えて叫んだ綱吉は、両手を床に這わせた途端、さらなる残酷な現実を知ったかのように大きく目を見開いて言葉にならない絶叫をあげた。その顔が見る間に絶望に歪み、今にも泣き出しそうなくらいに両眼が潤みだした。
「ここ、どこ、みんな、どこ!?」
床を這い回っていた綱吉の両手をリボーンは両手で掴んだ。彼はびくっと大きく肩を揺らして身体を硬直させる。「誰」という問いかけにリボーンは己の名前を言った。彼は短く息を呑んで、大人しくなった。
がたがたと震える綱吉の両手を握りしめたまま、リボーンは少し大きな声で事実を告げる。
「ここは、20××年の、沢田家だ」
「はっ、……ははっ、なに、言って――」
「おまえはいつの時代の、ツナなんだ?」
引きつった笑顔を浮かべていた綱吉の顔が、すぅっと白ずんだかのようだった。血の気がひき、表情が消える。ひゅ、と短く息を吸った彼は、ぱくぱくと口を開いたり閉じたりしたあと、
「そん、な……」
消え入りそうな声で呻き、目を閉じる。
途端、くたりと綱吉の身体がリボーンのほうへ倒れ込んできた。慌てて身体全体を使って受け止めたものの、体格差があるため、リボーンは彼の身体の下敷きになりかけた。どうにか覆い被さってくる彼の身体を押しのけて、絨毯のうえに仰向けに寝かせる。目を閉じた彼の顔色は悪く、身体のあちこちに刻まれている傷からは、じわりじわりと血が流れ出てきていた。彼の動揺の仕方から推測するに、綱吉は抗争のまっただ中にいたのだろう。ということは、十八歳の綱吉が『抗争のまっただ中』へ飛ばされてしまったということになる。
ぞわりとした悪寒がリボーンの身体を包む。
まだ十八歳の綱吉には経験していないことが数多くある。人の死にすら直接的に触れたときなどない。己の手を本当の意味で汚す覚悟など、きっとまだ彼はしていない。目を閉じた瞬間、綱吉の笑った顔がまぶたの裏にうつる。心をたたき割られたような痛みがして、リボーンは眉間にしわを刻んで低く呻いた。
瞬間、ドアが開いた。開かれたドアの先にいたのはビアンキだった。
「リボーン、なにか、大きな音がしたけれど――」
ビアンキはリボーンの前に寝ている綱吉を見て、言葉をきった。表情が驚きに染まったのは一瞬、彼女はすぐさまショックから立ち直って意識を失っている綱吉の傍らに両膝を付いた。呼吸と心拍を確認するビアンキの様子を眺めているうちに、リボーンのなかでも冷静さが戻ってくる。
「ビアンキ。シャマルにすぐに連絡をいれてくれ」
「ええ。分かったわ」
ビアンキは立ち上がると、スキニージーンズの後ろポケットから薄型の携帯を取り出してすぐにコールをはじめる。長いコールのあとで通話が始まり、ビアンキはシャマルに対して綱吉の状態を告げ、すぐに沢田家へ来るように言った。リボーンと眼があったビアンキは、こくりと頷く。シャマルはすぐやってくるだろう。少なからず安堵して、リボーンは細長く息を吐いた。
「ツナ兄たち、なにしてるのー? もう出発しちゃうよ?」
彼女の背後の、開け放たれたままの扉にフゥ太が現れて、凍り付いたようにその場に立ちすくんだ。なかなかやってこない綱吉を部屋に呼びにきたのだろうフゥ太は、綱吉でありながら、綱吉でない青年を見て、大きく目を見開いた。
「ツナ兄!?」
「フゥ太、うるさくしては駄目よ。ママンと一緒に一階にいなさい」
静かに言ったビアンキの身体に飛びついて、フゥ太は今にも泣きそうな顔で叫ぶ。
「だって! あれ、ツナ兄でしょ!? あんなに血ぃでてて大丈夫なの!?」
「助けさせるわ。安心しなさい」
ビアンキは身を寄せるようにしているフゥ太の肩に腕を回す。リボーンと短い視線を交わしたあと、彼女はフゥ太を連れて部屋を出ていった。
残されたリボーンは、苦しげに浅い息を繰り返す綱吉の顔を見下ろしながら、きつく両手を握り込む。綱吉がこんなにも傷を負うなんて守護者どもは何をしていたのだ。なんのための守護者だ。役立たずすぎる。声にしない言葉で罵りあげていたリボーンは、はたと気が付いた事実に絶句する。
彼が襲われたその場には、リボーン自身がいた可能性があるはずだ。リボーンが側にいたというのに、綱吉にこれだけの痛みを味合わせているのだとすれば――、もっとも罵られるべきなのはリボーン自身だ。
リボーンは指先で綱吉の手に触れる。彼の手は温かかったが、反応はない。リボーンは片手で彼の手を握りしめる。握り返してこない力のぬけた指先を強くつよく握って、リボーンは祈るような気持ちで彼の名を呼んだ。
「……ツナ……」
血と火薬と埃がまじったような臭いを感じながら、リボーンはきつく奥歯を噛みしめた。
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