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ボンゴレの敷地内にある病棟の一室で、リボーンがシャマルの手によって処置を受けている中、クロームが預かっていた持ち主不明の携帯電話が再び鳴った。処置を初めてまだ間もないころだ。
シャマルの手によって胴の辺りに固定器具を装着していたリボーンは、側に立っていたクロームに左手を出す。クロームは無言で彼の手に携帯電話を渡した。
リボーンは相手と二言三言、会話をしたかと思うと携帯電話を切った。どうやらどこかに来るようにと指示を受けたらしいことを会話の内容から察することが出来た。彼から二つに折り畳まれた携帯電話を受け取ったクロームは、コートのポケットに電話をいれた。
リボーンをシャマルに託してから、クロームは私室に戻り、素早く着替えをすませた。
シックなデザインのモノクロのワンピースの上に丈の長いコートを羽織り、ふくらはぎの辺りまで高さのあるロングブーツを履いた。最近では丈の短いスカートを履かなくなっていたが、戦闘になる場合があるのならば丈の長いスカートは足運びの邪魔になる。髪は頭のうしろでひとつにまとめあげ、銀色のヘアクリップで留めた。少々身動きしたからといって解けないようにきつめに結い上げておいた。
クローゼットのなかに仕舞っておいた三又槍も久しぶりに手にした。六道骸が特別にクローム用にあつらえてくれたもので、骸が持っているものよりも少しシルエットが細めで軽量だ。幾分か華奢な武器であれど、骸が所持している槍と同じくらいの機能を秘めているものでもある。
いつもと違う服装と髪型、そして久方ぶりに握った槍の柄の感触が、クロームのなかで緊張を増幅させていく。リボーンには気取られないようにしなくてはと思いながらも、クロームはひどく緊張していた。
無理もなかった。
リボーンには強気な発言をしてみたものの、実戦から離れたクロームの術が、全盛期のころのように上手くいくのかどうかはクローム自身にも分からなかった。処置室に向かう前に一度、鏡の前でかるく幻術を試した。六道骸へつよく呼びかける。
骸様。骸様――。
クロームが今まで見てきたすべてを骸に伝えるように彼へ強く強く思考を送った。数分ほどそうしていると、鏡のなかのクロームの姿が揺らいで、ほんの少しの間六道骸の姿になった。骸は微笑んで、そして頷いた。クロームはそれだけで、神様に守られているかのような安堵感を得ることができた。不安感など些細なことだったかのように払拭しきれていることに驚きつつも、クロームは私室を出て医療棟へ向かった。
ランボとスカルが連れ立ってリボーンのところへやってきたのとクロームが病室へ訪れたのはほとんど同時だった。
リボーンはシャマルによる注射や点滴などの処置を受けながら、ランボとスカルに指示を出した。スカルにはボンゴレの構成員をいくつかの部隊へ編成し、これから出発するリボーンとクロームを追跡し、リボーン達を襲撃してきた人間達を捕縛するようにと指示をした。ランボには、スカルが統率する部隊とは別に、狙撃を得意とする構成員数名と共に、リボーン達を襲撃してくるであろう人間達を狙撃できるポイントへ点在し、サポートに当たるようにと言った。
普段ならば、リボーンの指示など受けないと言ってもおかしくない二人だったが、否と言う素振りすら見せずに、すぐに了承した。ランボとスカルはテンポ良く会話をしながら病室を出ていった。おそらくは人員や武器、車の手配をするのだろう。
「こちらが人員を手配したことを知ったら相手が腹をたてて何かしたりしないかしら?」
クロームの言葉にリボーンは口角の片側だけを持ち上げ、
「あいにくと『一人で来い』なんて言われちゃいなかったからな」
と言って鼻先で息をついた。
それが現在から数十分前の出来事だ。
骨折していた右腕が最後の処置だった。手術室に入ってからすでに四十分近く、二回目の電話があってからは三十分ほどが経過している。一回目の電話を受けてからは一時間以上が経過していた。
クロームは片腕を動かせない彼がシャツを着るのを手伝った。ボタンを上から順に留め、襟元に黒と銀の細かいチェック柄のネクタイを結ぶ。そして次にスーツの上着も同じように彼に着せた。シャマルはもう何も言わなかった。処置を始める前、彼は散々リボーンに「副作用」「負担」「後遺症」という単語を何回も繰り返した。だがリボーンは頑として「やれ」とシャマルに命じた。シャマルは目を閉じて、きつく唇を引き結び――「分かった」と言った。
リボーンはベッドに座ったまま、シャマルを見た。
シャマルは血に汚れた薄い手袋を外して足下のゴミ箱へ投げ捨てながら、リボーンを見た。
「すまねーな」
シャマルは無精髭がのびた顎を指先でかきながら、厳しい目をした。
「俺はおまえの死体を検死するのはごめんだぞ」
「わかってる」
「全然分かってねぇだろ。馬鹿が」
吐き捨てるように言って、シャマルは両目を細める。苛立たしげに息を吐き出し、片手を持ち上げて何かを言おうとしたシャマルだったが、――結局は何も言わずに持ち上げた手を強く握りしめて身体の脇へ下ろした。
「嫌な役やらせてすまねーな。でも、おまえにしか頼めねーことだったんだ」
舌打ちしたシャマルは、両手を白衣のポケットに入れ、きつくリボーンのことを睨んだ。普段、しまりのない顔ばかりしているシャマルが浮かべる切れ味の鋭い表情に、クロームはリボーンの状態が本当に良くないのだということを思い知った。だがしかし、クロームにはリボーンの行動を止められるだけの言葉も力もない。だからこそ、リボーンを一人で行かせないために、クロームは戦うことを決意したのだ。
「――事が終わったら、一番最初に俺のとこへ来るって約束しろ」
「約束する」
言いながら、リボーンがベッドから降りる。革靴に足を入れ、ベッドのうえに置かれていたボルサリーノを左手で掴み、包帯が巻かれたままの頭へ帽子をのせた。そして、リボーンは顔の前で左手を開いたり閉じたりを繰り返した。静かに深呼吸をした彼は、立っていたクロームを見た。
「本当におまえも来るのか?」
「あなた一人で行かせたりしない」
「無理はするな」
頭に包帯を巻き、右手や胴体を特別仕様の軽量ギプスで固定している少年が言う台詞ではない。クロームは両手で三又槍を胸の前で持ち、リボーンの目をまっすぐに見た。
「行きましょう」
頷いたリボーンはシャマルと一度、視線を交わしてから病室を出ていく。
「――戦いし者に幸運を」
片手を上げたシャマルが低い声で囁く。
クロームは、シャマルに一礼をしてから、彼に背中を向けた。
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