手術着の前を真っ赤な血で汚したシャマルとの通話が遮断されても、クロームは通信端末の前から動けなかった。
 綱吉の要望で、壁際の大きな液晶テレビではボンゴレが主催したごく内輪だけのパーティを録画した映像が流れている。大きなスピーカーから聞こえてくる楽しげなパーティ参加者達の声を聞きながら、綱吉は膝を抱えるようにして座り、寄せた膝のうえにファイルをのせてじぃっと書類を眺めている。クロームの動揺すら気が付いていないようだった。
 テレビ画面では、ビデオを録画していた人物から山本がカメラをとりあげて、ボンゴレの守護者の面々を撮りだしていて、愉快そうな笑い声がさざ波のように広がっていく。

 ふいに綱吉が書類から視線を持ち上げる。
 クロームは混乱しかけた頭のなかに静寂を取り戻そうと短く息を吸い込み、通信端末から離れて、周囲にあらゆる資料と書類と写真を散らばらせている綱吉のもとへ近づいていく。彼は持ち上げていた両足をソファから下ろして、持っていた分厚いファイルを膝のうえにおく。

 二十七歳の綱吉が普段袖を通しているブラックスーツに白いワイシャツ、ネクタイはクロームが選んだ寒色系のストライプのものをしめ、スーツの上から立て襟のついた真っ黒なマントを羽織っていた。マントの襟元の飾りや装飾めいたボタンはすべて鈍い金色で、マントの襟の縁には金糸で縁取りがされていた。外出用のマントだったが、寒いという綱吉のためにクロームがクローゼットから出してきたものだった。
 少々、スーツやズボンの袖や裾が大きめなことを綱吉は最初は気にしていたようだったが、即興で裾あげなどをしている暇がないことは分かり切っているので一言「……大きいね」とぼやいただけだった。

 ソファに座っていた綱吉は膝のうえのファイルをソファへどけて、重なり合っている書類の中からテレビのリモコンを探しだし、テレビの電源を切った。そして近づいてきたクロームに相対するように立ち上がった。
 いつもよりも低い位置にある綱吉の顔を見上げ、クロームは唇を開いたが――言葉を口に出そうとすると胸が苦しくなってしまう。下向いたクロームの視線の先に綱吉の革靴の先が見えた。


「クローム。どうかしたの?」


 綱吉の手が、クロームの肩に触れる。


「なにか、あったの?」


 片手で胸をおさえ、クロームは顔をあげる。
 男性にしては大きく、形の良い琥珀色の双眸を見上げる。不安げに眉を寄せた彼の目を見つめる。過去から未来へやってきたとき、彼の目には混乱だけがあり、意志などほとんどありはしなかった。しかし、いまの彼の目には確固たる意志が灯っているようにクロームには見えた。
 深く息を吸い込んで、クロームは言葉を口にした。


「リボーンが」

「ん?」

「リボーンが大怪我をして運ばれてきたって」


 綱吉の表情が、すとんと抜け落ちるかのように消える。それでも彼は叫んだり泣き出したりしなかった。クロームの肩に触れていた手を己の身体に引き寄せた綱吉は、きつく目を閉じて悔しげに歯を食いしばったあと、意識を切り替えるようにぱっちりと目を開いた。


「容態は?」

「わからない。命に別状はないらしいけれど、詳しい容態は……」

「クローム。オレをここから出して」

「――だめ、よ」


 琥珀色の瞳に射抜かれるように見つめられながら、クロームは首を振った。


「だめ。できない。ボスはここにいたほうが安全だもの」

「クローム。オレは覚悟を決めたんだ。だからもう、平気なんだよ。お願い。ドアを開ける解除コードを教えて」

「だめ、だめ……。できない、私には、できない」


 クロームは首を振りながらよろめくように後退する。それを追うように綱吉が歩を進め、後ずさろうとするクロームの手首を掴んだ。乱暴な動作ではなく、優しい仕草で綱吉はクロームの手を握りしめた。ふわりと彼の身体に添うように黒いマントの裾が揺れる。


「クローム。お願い。――ドアを開けて。オレが立つべき場所へ、立たせて」


 凛とした彼の眼差しがクロームを見つめた。
 三日ほど前、泣き叫んでいた少年はもうクロームの前にいなかった。
 ブラックスーツ、白いワイシャツ、ネクタイ。
 静かだけれど、強い意志が秘められた琥珀色の大きな瞳。
 背丈は少し小さいが、顔立ちは過去も今も変わりはない。


「クローム」


 綱吉の声が導くようにクロームの名前を口にする。


「……ボス……」

「オレを信じてよ。クローム。――ね?」


 オレンジ色の暖かな炎の温もりを思わせるような、あたたかな綱吉の微笑がかたくなに閉じていたクロームの心を溶かす。

 目を伏せて考える。
 下向いた視線の先にクロームの手を握る綱吉の手があった。
 彼を閉じこめておくべきだと思う。
 しかし、彼を閉じこめておくことで、せっかく顔を持ち上げて前を向いた彼の意志を殺すことになる。

 六道骸ならどうするだろうか。
 彼ならば、おそらくは――。

『あなたがそう望むのならば、僕がすべての望みを叶えましょう』

 微笑む六道骸の顔がクロームの脳裏に浮かぶ。
 そうして『彼』は綱吉のためにありとあらゆる献身をその身を賭して捧げるのだろう。

 黙り込んでいるクロームの顔をのぞき込むように、綱吉が少しだけ背中を丸める。ゆっくりと呼吸をしてから、クロームは顔を上げて真っ直ぐに綱吉の瞳を見上げた。


「――わかった。解除コードを教えるわ。そのかわり、私も一緒に行く」


 綱吉の顔に安堵の表情が浮かぶ。


「ありがとう」


 掴んでいたクロームの手を一度つよく握りしめた綱吉は、頭を下げて手を放した。ソファセットから離れて、廊下に繋がっている扉へと歩き出したクロームと肩を並べながら綱吉は片手で胸元を押さえた。眉間にしわを寄せ、彼は唇を噛む。


「――ボス、苦しいの?」

「え」

「胸を、おさえているから」

「ああ、……いや」


 胸元をおさえていた手をはずして、綱吉は苦い顔をして首を振る。


「なんでもないよ」


 彼はそれきり黙ってしまう。
 二人は広い部屋を横切って扉へ向かう。解除コードを打ち込むための端末がある扉脇に立ち、クロームは綱吉を見た。琥珀色の目を瞬かせながら、綱吉が首を傾げる。


「え、なに?」

「ボスは、何のために、どうして、ここを出るの?」


 クロームは静かに問いかける。


「あなたは何をするために、鳥籠を出るの?」


 綱吉はクロームと向き合うように姿勢良く立ち、はっきりとした口調で迷いなく言った。



「オレがいる現代よりも、未来がどんなに危ないところかってことも、ここが安全だってことも、オレの生命がボンゴレという組織にとってどんなに大切かってことも――いろいろ分かってるつもりだけれど。オレはみんなを、ファミリィを守りたいから『鳥籠』の外に出たいんだ。もう誰かが傷つくのを守られて見ているのなんていやなんだ。みんながオレを守ってくれるように、オレもみんなを守りたいんだ」


 身体の向きを変え、閉まったままの扉へ指先で触れて、綱吉は祈るような声音で囁く。


「オレの世界は『鳥籠』のなかにはない。オレの『世界』はこの扉の向こう側にある――、扉の向こう側にある世界こそ、オレが『生きる』世界で、オレが『生きていた』世界で――」


 言葉をきって、綱吉は扉に触れていた手を身体のほうへ引き寄せる。外套の裾がふわりと揺れて彼の細い身体をすっぽりと覆ってしまう。



「ここが間違いなくオレの世界だっていうんなら、オレは絶対に逃げ出したくないんだ」



 大きな琥珀色の瞳で扉を見つめながら、綱吉は独り言のように呟いた。








×××××








 意識を失ったリボーンを抱え、ディーノは携帯電話で山本武と連絡を取った。すぐに合流した山本と素早く今後の打ち合わせをし、ディーノの運転で急いでシャマルの元へリボーンを運んだ。同乗したのはスカルで、ロマーリオ達はキャバッローネへ戻り、山本とコロネロが現場の指揮をとって死体や捕虜達の処理を行った。

 夜中に緊急コールで呼び出されたシャマルは、眠らずに起きていたらしく、ディーノたちがボンゴレの本邸の敷地内にある、彼の診療所兼研究施設となっている建物へ到着するまでに、緊急手術用の器具の準備や人員をすべてそろえていた。

 血塗れのリボーンをシャマルに託したディーノは、すぐにロマーリオと連絡をとり、ディーノがいなくては進まないキャバッローネの仕事を一時的に凍結しておくように伝えた。彼は少しだけためらうように黙り込んだが、「任せておいてくれ」と言って電話を切ってくれた。ディーノが不在で仕事を凍結できるとしても、もって二日、駄目なら一日こらえきれない可能性があるだろう。
 ロマーリオは、リボーンがディーノの元・家庭教師であることも知っているし、ディーノがどんなに綱吉とリボーンのことを気に掛けているか知っている。だから彼はディーノの我が儘をすこしだけ許容してくれたのだ。

 ディーノ自身も、キャバッローネを放り捨ててまでボンゴレに荷担するつもりはない。
 リボーンの容態がはっきりとするまでは帰れない、というよりは、帰りたくなかった。
 ディーノがぼんやりとせずに気を張ったままでいれば、背後の異変に気がつくことが出来ただろう。後悔してもしきれなかった。
 どんなに傍目から見れば平常心を装っていようとも、今回の事件の発端が『例の愛人事件』となれば、リボーンは動揺せずにはいられないだろう。表面的には通常どおりのリボーンだったが、あのときの彼は珍しいくらいに動揺していたのだ。だから、ディーノ以上に気配や殺気に敏感なリボーンですら、異変をきたした男の存在に気がつきもしなかったのだ。

 二人とも目の前にころがった事実に動揺し、油断していた結果が現状だ。

 ディーノよりもリボーンが手酷くやられていたのも、元々、男の狙いがリボーンであったことを裏付けているようなものだった。真っ赤に染まり、腫れあがったリボーンの顔を思いだされ、ディーノのなかで怒りと悲しみが混じり合って渦を作る。手当たり次第に周囲のものを薙ぎ払い、蹴飛ばし、殴りたい衝動を、拳を握って押さえ込む。無機質なものに八つ当たりをしても時間は戻りはしない。


 リボーンが手術室に入って、すでに八時間が経過している。

 彼の手術が始まってからしばらくして、ディーノの手当をしに二人の医者と三人の看護士が待合室にやってきた。ディーノは待合室にスカルだけを残し、彼らに導かれるままに処置室へ向かい、殴られた顔面と胸部、腹部の手当を受けた。そうして己の身体に湿布が張られ、包帯が巻かれていくのを見ろしているうちに、強い痛みがディーノの神経をむしばみ始めた。それは高揚していた感情が落ち着いきて痛覚がようやく機能しだしたかのようだった。左側の顔面を包み込むように湿布を貼られながら、ディーノは医者に鎮痛剤を処方してくれと頼んだ。彼は看護士に言って、すぐに錠剤を用意してくれた。それを用意してくれたグラスの水と一緒に飲み干し、ボンゴレ側が用意してくれたスーツ一式に着替えた。ディーノが元々着ていたスーツはリボーンの出血で汚れていて赤黒く変色してしまっていた。濃い灰色にシルバーの細いストライプが淡くほどこされたスーツの上下にエンジ色のワイシャツをあわせ、無地の黒いネクタイをあわせ、医者達に礼を言ってディーノは待合室へ戻った。

 シャマルが病棟の施設内に用意してくれた待合い室は、白が基調となった殺風景な応接室だった。モノトーンでそろえられた家具は、大きめな三人がけのソファが四つ、そして真ん中におかれたローテーブルはビリヤード台くらいありそうだった。そのソファのひとつにディーノは身体をしずませるようにして座っていた。

 右側のソファには膝を抱えるようにしてスカルが座り、目を閉じている。ディーノ同様に、スカルの服もリボーンの血で汚れたので、ボンゴレが構成員達に支給するスーツのなかから提供されたものに着替えていた。スカルは紺地に白く細いストライプがはいったワイシャツをノーネクタイで着用し、ブルーブラックのスーツに袖を通していた。うつむき気味の彼の目線を隠しているのは、暗闇で使用していたバイザーではなく、サングラスに変わっていた。

 普段、着慣れていないブランドのシャツとスーツの感じが、ディーノの気持ちをさらに落ち着かないものにさせる。しきりに襟元へ指先を持っていてしまいがちになり、そのたびに、己自身に「落ち着け」と言い聞かせながら、ディーノは手を膝のうえへ戻した。

 扉のすぐ近くの壁際には、誰のものか分からない風景がが飾られ、窓はなく、部屋の片隅で換気扇が静かに回っている音がしていた。無機質な蛍光灯の眩しい光に照らされている白い部屋のなかでは、なにもかものアウトラインがぼやけていくような不思議な錯覚がする。壁にかけられた丸い時計の秒針が音もなくぐるぐると回り続けていて、いったいどれくらいの時間が経ったのかさえおぼろげになっていきそうだった。

 ディーノは壁の時計を見て、それから腕時計を確認する。
 十月五日。午前六時四十二分。
 腕時計から視線を上げて、部屋の扉へ目を向ける。
 扉に変化はない。

「――キャバッローネ。仕事はいいのか?」

 扉から視線を外してディーノはスカルを見た。
 彼はソファから片足だけを降ろし、もう一方の膝を両腕で抱えるようにして、ディーノを見ていた。目線はうすく色の付いたデザインサングラスで隠されてはいたが、彼の目がディーノのことをじっと観察するように見ていることは察することが出来る。

「あいつは俺のことをかばってくれたからな。そんな奴に「仕事があるんで、じゃあ、さようなら」ってのはできねぇよ。そういうスカルはいいのか? カルカッサに戻らなくて」

「うちのドンは、今回はボンゴレに恩を売っておいたほうがいいって算段だからな。帰ってくるな、せいぜい弱ってるボンゴレに尻尾をふっておけって言うだろうよ」

「ドン・カルカッサは相変わらずか」

「うちはあんたんとこと違って同盟なんて結んじゃいないからな。ギブアンドテイクなんだ」

「……おまえも、そうなわけ?」

「おれ?」

 ディーノの問いかけに、スカルは虚をつかれたかのように黙り込んだ。

「スカル自身もギブアンドテイクだと思って、今、ここにいんの?」

 すぐさま、渋面を作ってスカルはディーノから視線を外す。
 その横顔の、頬に赤みがさしだすのを眺めていたディーノの耳に、乱雑な足音が聞こえてきたかと思うと、騒々しく扉が開け放たれ、室内の空気が数時間ぶりに掻き回された。

「リボーンさんは!? リボーンさんはどうなったんだ!?」

 室内へ転げ込むように姿を現したのは獄寺隼人だった。片手に重そうなアタッシュケースをぶらさげたまま、彼はソファに座っているディーノ達を射殺してもおかしくないような鬼気迫る目をして息を吐く。どこから全力疾走してきたのかわからないが、うすく汗のういた額に髪がはりついていた。

「おいっ、隊長」

 獄寺のすぐ後から、赤髪で顎髭をはやした男が姿を見せる。彼は室内に飛び込んで立ちつくしている獄寺の肩を片手で掴んだ。獄寺がびっくりしたように身体を震わせて男を振り返る。男は獄寺の蒼白な顔を見て、呆れたように嘆息した。

「隊長! とりあえず、そのアタッシュケース、俺に預けてくれねぇか? うちの連中に警察からの資料持ってって調べさせっから。門外顧問のほうから連絡があったら、また迎えに来っから、ここにいな」

「あ、ああ。悪ぃ、頼んだぞ、バーミリオン」

「あいよ。何かヒットしたら、すぐに携帯に連絡いれるわ」

 獄寺から重たげなアタッシュケースを受け取った男――バーミリオンは、ディーノとスカルに深々とお辞儀をして、颯爽と大股で歩き去っていった。
 くるりと室内に向き直った獄寺の目とディーノの目が合う。ディーノはいつもの癖でにこやかに笑みながら、片手を持ち上げてしまった。

「久しぶりだな」

「挨拶なんてどうだっていいんだよ! リボーンさんは、リボーンさんの容態は!?」
「それが、まだ――」
「うるせえなあ、おい。人が寝る間を惜しんで人助けしてきたんだから、ちったあ気遣って静かにしてもらいてぇもんだな」

 ディーノは思わずソファから立ち上がり、ドアから入室してきたドクター・シャマルに向き直るように立った。彼は唇に煙草をひっかけ、新品の綺麗な白衣を清潔そうなワイシャツのうえにはおっている。疲労がつのりきっている顔色は悪く、けだるげに唇の隙間から煙草の煙を吐いた。
 ドアを閉めて室内側へ向き直ったシャマルの襟首を掴み上げるような勢いで、獄寺が飛びかかっていく。

「シャマル! リボーンさんは!? 生きてるんだろな! リボーンさんの生命になにかあったら十代目がどんなに悲しむか!」
「あーあー、落ち着けっての。死んじゃいねえよ。ちゃんと生きてっからひとまず黙れ」
「先輩の容態はどうなんだよ?」
「まあ、待て。ったく、どいつもこいつも大人しく人の話を待てねえ奴ばっかだな」

 忌々しげに舌打ちをしたシャマルは、襟元を掴み上げている獄寺の両手を乱暴に振り払った。乱れた襟元を片手でなおしながら、シャマルはディーノが座っていたソファの向かい側へどっかりと腰を落ち着ける。立ち上がっていたディーノは再びソファに座った。その後ろ側へ獄寺が近づいてきて立つ。スカルは相変わらず片足を抱えるように座ったまま、唇を結んでいた。

 ゆっくりと煙草を味わうように息を吸い込んだシャマルは、ねむたげな目をしばたかせながら、億劫そうに口を開きだした。

「殺し屋小僧は生きている。まずは安心しろ。――それよりも、おまえに報告することがある」

 シャマルは言いながら、獄寺に視線を向ける。
 獄寺は頷いて、話の先を促した。

「あいつの手当と平行して検査してた死んだ男の血液から、未登録の薬物が検出された。成分からみて、肉体の増強剤だろうが、強すぎるせいで一服服用したら地獄行き間違いなしだ。薬は奥歯辺りに仕込んであって、舌で固定してあった薬を外して、思い切りかみ砕いたんだろう。こんな薬、携帯してるんじゃあ、奴ら日本の神風特攻隊よろしく、自爆覚悟で攻撃してくるつもりなんじゃねぇのか? ――なにも屋敷だけじゃねえ。ヘタをしたら養護施設や農園、外資系の会社から輸入販売を取り扱っている会社とか、ボンゴレの系列のどの場所に特攻してくるか分かったもんじゃねえ」

「分かった。すぐにすべての部署に情報を通達する。――ディーノ、スカル、てめえらはもう自分のファミリィんとこへ戻ってろ」

「おいおい、そりゃあどういうこった?」

 ソファに座ったままディーノが後ろを振り仰ぐと、獄寺は両腕を組んでディーノを見下ろしていた。

「……結婚式での爆破テロから始まった事件の関係者に、うちの、ボンゴレの幹部として長いこと働いていた男の息子がいた。名前はロッツイ。息子は末端だが、ボンゴレの構成員として働いてた」

「結婚式を襲撃した犯人の一人だったってことか?」

「ああ。整形した医者をつきとめた。一人はロッツィだった、歯形が一致した。――それから、ボンゴレの諜報部隊にいたデッセロ、デッセロの部下が数名、爆破後から姿を消している。調べてみたら、爆破事件後にボンゴレ内部、またはかなり古くからボンゴレと同盟を結んでいるファミリィの中から、かなりの人数が消息を絶っている。俺達は敵対組織ばかり調べてたから気がつけなかったんだ」

「かなりの人数ってどれくらいなんだ?」

「――把握できているだけで100名は越してる。たぶん、まだ増えるだろうな」

 把握できていない人数がどれだけいるか分かったものではない。
 指先からゆっくりと冷えてディーノの心が凍り付いていく。内乱を収束させることは容易ではない。まして、理由が理由だ。一度、ヒビが入った硝子は元には戻せない。

 黙り込んだディーノの頭上で、獄寺が重苦しく息を吐いた。

「分かっただろ? ボンゴレと、ボンゴレと同盟を結んで歴史を重ねてきたファミリィの中から、比較的若い連中が中心となって、今回の件を起こしたらしいことが判明したんだ。これは襲撃ではなくボンゴレの内乱だ。だからキャバッローネとカルカッサに、これ以上は関わって欲しくねえってことだ」

「――これは、内乱なんだろ? だったらますます、俺は引き下がれねぇな」

「なんだと?」

「俺もボンゴレと同盟を結んでいる、ファミリィのドンだ。ドン・ボンゴレの窮地ならば、力を貸してもいいんじゃねぇのか?」

「もう十分に協力してもらった。これ以上はうちの問題だ。ドン・キャバッローネ」

 拒絶に満ちた獄寺の瞳と幾つもの死線を越えてきたディーノの瞳が交わる。

「まあ、そっだろうな」

 溜息とともに吐き出されたような、力のぬけたシャマルの声音が、獄寺とディーノの睨みあいを終わらせた。二人ともシャマルへ視線を向ける。彼は面倒くさそうに口元に右手を寄せ、煙草を指ではさむと――、煙草を持ったままの指先をディーノへ向けた。

「跳ね馬さんよ。あんたが昔っから知ってるこいつらのことを心配するのは分かるけどよ、あんたが一番に気にかけるべきは、あんたのファミリィとあんたの庇護の元で暮らしてる街の人間だろ? うちのことはうちの奴らに任しとけ。ボンゴレには優秀な人材がいるからな。だろう? 隼人」

「うるせえな。医者が口出ししてくんじゃねぇ」

 叩きつけるように獄寺が言うと、シャマルはおどけるように唇をひんまげて、煙草を口元に戻す。彼はディーノと目が合うと、片目だけを細めて肩をすくめた。確かにシャマルの言うとおりだった。ディーノにはディーノが背負っているものがある。それらを振り落としてボンゴレに荷担することは、多くのものを捨てることと同じだ。
 ソファに座り直し、ディーノは胸の前で両腕を組む。
 答えは出ている。
 しかし、あと一時間、数十分でもいいから、ディーノは迷っていたかった。

「オレも帰らないからな、獄寺」

 スカルを睨んで、獄寺が低く呻いた。

「てめぇもか」

「先輩達に何の了承も得ずにオレだけ戦線を離脱するわけにはいかないだろ。それとも何か? あんたはリボーン先輩とコロネロ先輩に殺されろってのか?」

「は? てめぇの命なんぞ俺が知った事か」

 突き放すように言って獄寺はスカルを睨む。一度、視線を泳がせたものの、スカルは獄寺の視線をサングラス越しに睨み返し――普段の彼からしては随分と勇気のある行動だったろう――、そして顔をそむけた。ソファから動こうとせず、スカルはシャマルを見て口を開く。

「ドクター。それで、先輩の容態はどうなんだ?」

「あ。そうそう。殺し屋小僧の容態ね」

 シャマルはちらりと獄寺を見た。ディーノは振り返らないので獄寺がどんな顔をしていたかは分からないが、背後からは苦々しい溜息が漏れた気配がした。

 咳払いをひとつして、シャマルは短くなった煙草を、ローテーブルの上にあった灰皿でもみ消して、どさりと身体をソファに預けた。


「右腕は完璧に折れてた。鼻骨にもヒビが入りかけていたし、殴打された顔面の左側はしばらく見られたもんじゃねえだろう。腫れが引いてから、左目の検査をしないとならねえ。瞼が腫れあがったせいで左目が開かねぇから、だいぶあとにならねえと検査もできねぇからな。頭を打ったみてぇだから脳もスキャンしてみたが――、いまのところ異常はなかった。前の、結婚式のときにも調べたかったんだが、あいつ、断固として検査させなかったからな。今回は気を失ってる間に勝手にやっちまった。打撲痕は体中にあったが、骨に異常があったのは右腕と顔のあたりだけで、ほかは無事だったぜ。――どんな鍛え方してるんだか知らんが、クスリで異常な力を発揮してた男相手に一瞬で殴り殺されないなんて、あいつも普通の人間じゃあねぇな。――いまは一応、大人しくベッドで寝てるが……、絶対安静ってとこだな」

「――右腕が使い物にならないのか?」

 スカルがうめくように言う。
 シャマルは冷たく落ち着いた声音で続ける。

「ああ。ぽっきり、完璧に折れちまってるからな。治ってからもリハビリが必要になるだろうよ」

「あいつの腕、元に戻るのか?」

 ディーノの問いかけにシャマルは肩をすくめる。

「殺し屋がどのくらいの精密度で指先を操るのか俺は知らねぇが、……元に戻るかどうかは小僧次第ってところじゃねぇのか――」


 待合室に沈黙が流れる。

 ディーノのすぐ近くのソファの背もたれ部分を、獄寺の手がきつく握りしめる。スカルは抱えた膝に顔を伏せた。シャマルはワイシャツのポケットから煙草の箱を取り出して片手で箱を振って、器用に一本取り出して唇にくわえる。箱をワイシャツのポケットに戻し、その指先でポケットからオイルライターを取り出して火をつけた。そしてディーノは、下唇をすこし吸い込むようにして、顔をうつむかせた。

 時が止まったような室内の空気を揺らすように、ノックの音が二回響いた。シャマルが「おう」と返事をすると、扉が内側に開く。扉の影から姿を現した人物に、室内にいたすべての人物が息を呑み、そして目を見開いた。


「失礼します」


 マントのようなデザインの真っ黒な外套をはおった沢田綱吉が静かに部屋の中へ進み出てくる。そのうしろから、従うようにワンピースドレスを着たクロームが姿を現す。彼女は開いたドアを閉め、ドアの付近に立った。

 外套の裾を揺らしながら、綱吉はまっすぐに獄寺に近づいていった。

 ディーノは、未来へやってきた『過去の綱吉』が目の前にいる事実を、ようやく目にしたことで、つよく自覚した。

 ふわりふわりと動くやわらかそうな癖毛、琥珀色の大きな目、小さな鼻、小さな口元――、背丈は現在の綱吉より一回り以上小さいようだったが、沢田綱吉は『沢田綱吉』だった。綱吉はスカル、ディーノ、シャマル、獄寺――と、順番に視線を移していくと、ぎこちなく微笑みを浮かべた。いまも変わらない彼の微笑にディーノは胸の内側が震える思いがした。

「獄寺くん」

 ぴたり、と綱吉の琥珀色の瞳が獄寺を見上げる。獄寺は息をつまらせたようにして、背筋を伸ばして起立した。

「はいっ」
「リボーンが怪我をして運ばれてきたんでしょう?」
「じゅ、十代目」
「獄寺くん。ねえ、リボーンはどこ?」
「――よお。ボンゴレ小僧。泣きわめくのはもうやめたんかい?」

 煙草をくわえたまま、シャマルがにぃっと笑う。
 綱吉はシャマルと目が合うと、仕方がないと呆れたような顔をして片目を細めた。

「ドクター・シャマル? ああ、……うん、おはよう。っていうか、酷い言いぐさだね、こっちにきて初めて会ったってのに」

「殺し屋小僧は、いまは鎮静剤のせいで眠ってっぞ。命に別状はねえから安心しろ」

「そう。それなら、本当によかった……」


 息を吐いて、綱吉が肩を落とす。ディーノは綱吉は錯乱しているのだと聞かされていたが、目の前に立っている綱吉はどこにも混乱している様子はみられない。彼の瞳がディーノを見た。そしてはにかむように微笑む。

「えっと、……スカルとディーノさんですよね? こんにちは。オレのことで迷惑をかけて申し訳ないです」

 深々と頭を下げる綱吉を見て、スカルは急にソファから片足を降ろして立ち上がった。

「ぼ、ボンゴレ」

「スカルもリボーンとおなじくらいなの? 十四歳くらい? 大きくなったんだね」

「あのな……。べつに。おれのことはどうでもいいだろ。あんた、呑気すぎるぞ……」

 スカルが呆れるように言って、くずれるようにソファに座った。綱吉は優しい表情を浮かべている。愛らしい彼の顔を眺めていると、ディーノは「ああ、綱吉がここにいる、ここに生きているんだ」と感嘆するような思いにかられ、胸が苦しくなった。

 綱吉の瞳がディーノを見て、懐かしむかのように双眸を細めた。彼の瞳が浮かべた懐かしさ――九年半前のディーノの姿を思い返しての懐かしさだろう。ディーノは九年半前の、まだ高校生であった沢田綱吉を、つよい懐かしみの気持ちをこめて眺めやった。

「ディーノさんは相変わらず格好良いんですね、すぐに分かりました」

「ツナは、……なんかちょっと小さいな」

「らしいですね。こっちのオレはもう少し背が高いらしくて。そう聞いて安心しましたよ」

 外套の裾を揺らすようにして綱吉が小さく笑う。音もなく、そうっとクロームが綱吉に近づいていき、開いていたソファに座るように片手でうながした。綱吉は彼女に微笑みかけてうなずき、ソファに座った。その傍らに従うようにクロームは背筋をしゃんと伸ばして立った。

 ようやく、綱吉の登場の衝撃を吸収できた獄寺は、ソファに座っている綱吉の近くへ行き、彼の向こう側にいるクロームを厳しい目線で睨みつけた。

「おい。クローム。誰の許可を得て鳥籠の緊急コード入力してんだ」

「ボスが開いてと言ったの」

「てめえ、十代目をお守りするために鳥籠をわざわざ機能させたってのに!」

「ストップ。獄寺くん。クロームを叱らないで。オレが命令して彼女に開けさせたんだ。責めるならオレを責めてくれて構わないから」

「い、いいえ。十代目のことを責めるつもりは――」

 すまなそうに頭を下げる綱吉を見た獄寺は、飛び上がるように身体を震わせ、おおげさなくらいに首を振った。それから、見惚れるような数秒間の間合いをおいてから――綱吉の頭の先からつま先までを眺めつくし――、獄寺はやんわりと微笑んだままで綱吉に問いかけた。


「えと。……その、服は、どうしたんですか?」

「これ?」

 綱吉は外套のあわせめからのぞくスーツを見下ろして、首を右へかたむけた。

「普段のオレが着ていた服らしいんだけど……、ちょっと大きいんだよね。自分の服を着ただけなんだけど、なんていうか……悲しくなったんだけど、ね。――おかしい? でもオレ、これを着てたんでしょう?」

「ええ。そうです。その外套も、お出かけの際にはよくまとっていらっしゃいました」

「え、これって外出用なの? ちょっと寒いからひっかけてきたんだけど、まずかった?」

「や、まずいことはないですけど。お寒いんなら、いいんじゃないですかね? 十代目がお体を壊すようなことになったほうが大変ですから!」

「獄寺くんが整理してくれた書類、全部に目を通してみたんだ。オレがこっちにきた時の状況もよく分かったよ。いまは、どうしてるところなの?」

「……ええと、十代目――、それは」

 言いよどんだ獄寺は、苦笑したままで唇を閉じる。
 あらかじめ、獄寺の態度を予測していたらしい綱吉は、真摯な瞳で獄寺を真っ直ぐに見上げた。

「確かにオレは、過去の人間かもしれないけど……、それでも、オレを沢田綱吉だと思ってくれるのならば、話して欲しいんだ。お願い。獄寺くん」

「十代目……」


 獄寺はじっと綱吉の両目をのぞき込むように見つめた。

 二人は互いの心の内側を探るように黙り込んだまま見つめ合っていた。

 獄寺は目を閉じた。

 彼は様々な考えをまとめるかのように数秒間、沈黙し微動だにしなかった。

 ゆっくりと息を吸い込んだ獄寺は目を開き、決意をこめた表情でまっすぐに綱吉を見下ろした。


「それでは――。警察や同盟ファミリィからの情報などを合わせて、手短に報告させていただきます。車と教会に仕掛けられていた爆弾は、国外から部品を複数のルートで輸入し、どこかで組み立てて作り上げたようです。輸入させた人物も複数おり、住所や名前も偽装している形跡がありまして、個人が特定できるような足取りを残してはいませんでしたが、警察と我々、裏からの情報網を駆使すれば判明するかもしれません。しかし、今回のことは、爆弾騒ぎで終わるような代物ではないので……、爆弾を作り設置した人間が判明したところで、すべての尻尾を掴むことにはならないかもしれません。結婚式での爆破テロのあと、リダーチェとグリジアが招待した招待客のうち、二名が消息不明になっています。一人は新婦の叔父である、シェロ・グリジア。もう一人はドン・リダーチェの古くからの友人の、ディック・デロア。どちらも顔写真を配布し、追跡を続けています。招待客でなく、襲撃に荷担した男の身元が判明しまして、ロッツィ・ノウイという三十代の男です。整形手術を受けて顔を変えていたようでしたが、歯形が一致しました。それから、ボンゴレの諜報部隊にいたデッセロ、デッセロの部下が数名、爆破後から姿を消してまして、目下行方を捜索中です。現在、把握している造反者の人数は百名を越えてまして、……残念なことにまだ増加する傾向が見られます。うちの構成員の七分の一が今回の一件で動いています。ほかの七分の六は通常通りの勤務を続けさせてます。……本当はもっと人員を割いてもいいかとは思うのですが――、うちは大きな組織ですので、緊急時といえどあまり隊列を乱すと、その隙を他の敵対ファミリィにつかれかねないので……。バズーカについては、かなり昔、バズーカの設計に関わったことのある研究者が一人、消息を絶っているようなので、そいつの行方をロンシャンに追わせてます。……あいつ、トマゾのドンだっていうのに、ボスとしての仕事をマングスタに押しつけて、俺んとこにストーカーのごとく電話かけてきて、手伝わせろってうるせえんで、手伝わせてんです。トマゾとは、あいつが何か失敗したら、即刻に同盟を解除したほうがいいと俺は思ってるんです。あいつは暴れ馬というよりも、爆音鳴り響かせる暴走車すぎて、ボンゴレにとってはプラスとマイナス、どちらの要因も含んでるような奴ですからね」

「へえ……。ロンシャン、そんなに頑張ってくれてるんだ」

 感動するように綱吉がつぶやくと、獄寺が苦い顔をして息をつく。

「頑張ってっていうか、面白がってんじゃないっすかね。――あいつがドン・トマゾになってから、トマゾはマフィアっていうよりも、なんでもありなサーカス団みたいな感じですから」
「サーカス団?」
「まあ、ええ……。あまり気にしないでください。うちとトマゾは、まったく、全然、違うんで」
「違うって?」
「うちは伝統あるマフィアですが、トマゾはお祭り集団だってことです」
「えーと。……ロンシャン、マフィアなんだよね」
「……いちおう」
「一応なんだ……」


 苦笑いを浮かべて綱吉があごを引く。獄寺はゆるみかけた場を引き締めるかのように、咳払いをひとつして、「他には何かお聞きしたいことは?」と片手を胸元に添えて綱吉に対してうやうやしく一礼をした。


「あの、変なことを聞いても良い?」
「ええ。なんなりと」


 微笑を浮かべながら獄寺が頷く。

「新郎と新婦はどうなったの? 報告書には特になにも記されていなかったけれど」

「新郎の、ロウニィ・リダーチェは意識不明です。うちの系列の病院に入院しています。新婦のエイリス・グリジアは背中に傷跡が残る負傷をしましたが、健在です。――実は、エイリスからは十代目にお目にかかりたいという申し出が再三に渡ってあったのですが……、取り次ぐ訳にはいかなかったので」

「そうだったの。……ロウニィさん、目を覚ましそうなの?」

「そこまでは俺も……」

「俺もそいつの容態を見た訳じゃねぇからな。わからねえ」

 獄寺の言葉尻を受け取るように、シャマルが片手を顔のあたりも持ち上げ、左右に振った。綱吉は深刻そうに眉をよせたあと、息を吸い込んで獄寺を見た。


「エイリスさんと会う訳にはいかないかな……」

「それは出来ません。今回の件が内乱と分かった以上、十代目には極力、直接的に誰かとお会いになるのを控えていただかないと――」

 残念そうに綱吉が「そう」と呟いた肩をおとすと、クロームが華奢な手で綱吉の背中に触れて、彼へそっと顔を近づける。

「ボス。それならば電話が出来るわ。電話の端末は、同盟ファミリィならばどこにでも設置してあるから」

 ぱっと喜色をうかべ、綱吉はうかがうように獄寺を上目遣いで見た。

「電話ならいいかな? 獄寺くん」

 困った顔をして、獄寺は低くうなった。

「……お一人で、やりとりしないようにしていただけますか?」

「うん。わかった。でも、なんで?」

「……気を、悪くしないでくださいね?」

「うん」

「いまの、十代目は、まだ駆け引きになれていらっしゃらないと、お見受けします。……もしも、なにか、……エイリスから申し出があっても、あとできちんと正式に文章として提出してくれと言ってください」

「ああ、……そういう心配か。うん。分かった。不用意なことは言ったり、約束したりしないよ」

「他にはなにか――?」

 綱吉は考え込むように視線を下へ向けていたが、ためらいをふりきるように顔をあげて獄寺を見た。

「――あのね。オレ、資料を見ていて思ったんだけれど。これは、ボンゴレが襲撃されてるって訳じゃないよね? オレという個人、そしてリボーンのことを狙ってきているよね? それはどうして? オレやリボーンにあって、獄寺くん達にないものって、なに?」

「それ、は……」

 言いよどみ、獄寺は困ったように唇を引き結んだ。綱吉の視線が周囲の人間の反応を見るかのように素早く室内に巡らされる。シャマルはポーカーフェイスを貫いていたが、スカルはみるからにハッとしたように肩を震わせ、息をつまらせた。

「ツナ」

 ディーノは、綱吉の注意を引くために片手を持ち上げる。彼は素直にディーノへ視線を向けた。獄寺の案じるような目線を受け、ディーノはかるくうなずいてみせる。

 真実は言えない。
 彼は過去の人間で、ここは未来なのだ。
 うかつなことが言えないことは、少し考えればわかることだ。

「……ディーノさん?」

 綱吉が首を傾げる。

「ツナ。はっきりとした理由があるが、それをおまえに教えてはやれない。おまえに理由を話すことは簡単だ。だけどな、それを知ったら、お前はそれを忘れることは出来ないだろう。忘れられないまま、過去に戻り、そうしてお前の未来は少しずつ、本来のものと変わってしまうかもしれない。未来を知ることは、あるべき未来を肯定することも否定することも簡単に出来るんだ。だから、おまえに事の発端の『事実』は教えられない」

「――ディーノさんが言いたいことはわかるつもりです……。未来のためには、知らないほうがいいってことなんですね?」

「有り体に言えば、そういうことになる」

「そうですか……」

「ボンゴレの疑問に、おれ達が答えられる範囲で言えることといえば――」

 スカルは、室内の人間たちの注目が一身に集まったことでむせそうになったが、なんとか息を飲み込んで、言葉を続けた。

「ボンゴレとリボーン先輩の絆を断とうとしている連中がいて、今回のことを引き起こしたってことだ。だから、ボンゴレに喧嘩を売るんじゃなくて、ボンゴレと先輩のことを狙っているのさ」

「その人達は、オレとリボーンに別れて欲しいってこと?」

「そうです」
「そういうことになるな」

 綱吉の問いに獄寺とディーノが答えると、綱吉は愛らしいと評されるに充分な顔立ちに嫌悪と苛立ちをのぼらせた。それは、見えない炎がめらりと綱吉の身体を一瞬とりまいたように見えた。

「嫌だな。そういうの」

 普段の彼からは想像もできない、棘をはらんだ声音に、ディーノはぞわりと心の表面を撫でられた気がした。そんなディーノの気持ちなど知るよしもなく、綱吉は眉間にしわをよせ、握った拳を口元に近づけて低い声で囁いた。

「そんな、誰か知らない奴らに言われて、リボーンと別れるのなんて、オレは嫌だ。それに、そのためにいろいろな人を巻き込んで、怪我をさせて、苦しめてるなんて……! オレ、そういうのは、我慢できない……、許せない……!」

「十代目……、」

 獄寺は何か言いたげに口を開いたが、結局は口を閉じて、唇を噛む綱吉の横顔を眺めるだけに行動をとどめた。

「隼人」

 ローテーブルの灰皿で短くなった煙草を押し消し、シャマルが下から睨みあげるように獄寺を見た。


「てめえはバジルと一緒に第三邸に行くんだろ? とっとと行って、奴らから情報聞き出してきやがれ」

「うるせえ。指図するんじゃねえ、くそ医者が」

「――第三邸ってなに?」

 さきほどの刺々しさなど幻だったかのように、きょとんとした顔で綱吉が問う。

「ツナ。第三邸ってのはな、ボンゴレの別邸だ。イタリア各地にあって、大きかったり小さかったり、まあ、用途別に使用する建物の総称なんだ。第三邸はここから一番近い別邸になる」

「おいこら跳ね馬。なんでてめぇがうちの説明をするんだ。俺が十代目にお教えしようと――」

「へえ。そうなんだ。獄寺くん、第三邸ってとこに何をしに行くの?」

 ディーノにくってかかろうとする獄寺を、まるでいなすかのように綱吉が質問を口にする。毒気を吐く機会を失った獄寺は怒気のために吸い込んだ息を一度吐き出してから、気を取り直したように息を吸った。

「えっとですね。昨夜、捕縛した連中から背後関係を聞き出している最中なんで、俺もそちらへ向かうことになってるんです。先にルッスーリアとスクアーロの奴が行ってるんで、あんまり遅くなると厄介なことになりそうなんですけど、ね」

「ルッスーリア? スクアーロ? え、あの、ヴァリアーの? そういえば、ベルさんもいたよね? じゃあ、ザンザスも……?」

「本人は関わってきてませんが、部下は全部よこしてきてます」

「……ザンザスが……」

 ぼんやりと名前をつぶやいて、何かを思い出すかのように綱吉が瞼を伏せる。

「時間が勿体ねぇだろうが。さっさと行け! ハ、ヤ、ト!」

 シャマルにわざとらしく強調するように名前を呼ばれ、獄寺は吠えるように「うるせえな!」と叫んで今にも地団駄を踏みそうなくらいに目をつり上げる。

「てめえに言われねぇでも行くっつーの! スカル、おまえ、クロームと一緒に十代目のお側についてろ! 貧弱なのでもいるといないのとでは違うからな」

「貧弱は余計だ!」

 叫んだスカルを見事に無視して、獄寺は綱吉の傍らに片膝をついて跪いた。驚いた綱吉が声を掛ける前に、獄寺は外套の隙間からのぞいていた綱吉の右手を両手で包み込み、献身にあふれた眼差しで綱吉を見上げた。


「十代目。どうか無理だけはしないでください。俺、俺は、十代目がいてくれないと、生きる意味なんて、これっぽっちもなくなっちまうんで――」

 敬愛のこもった獄寺の眼差しを受けて、綱吉は困っているような照れくさく思っているような、曖昧な顔で顔を赤らめて微笑む。

「獄寺くんは、何年経っても大げさなんだね。うん。無理はしないよ。約束する」

「はい。では――、失礼します。必ず、元の時代へ送り返してさしあげますから。もうすこしの、辛抱です。――では、また!」

 ぎゅう、と綱吉の右手を両手で握りしめた獄寺は、さっと素早く立ち上がると、深々と一礼をして、部屋から出ていった。

 手を振って獄寺を見送った綱吉は、意識を切り替えるかのように息を短く吐き出して、大きな目を開いてシャマルを見た。


「あのさ、シャマル」
「うん?」


 ソファにどっかりと座って足を組んでいたシャマルは、無精ヒゲがまばらにはえたあごを指先でかきながら答える。


「なんだい? ボンゴレ」
「いま、リボーンに会える?」
「寝てると思うぞ?」
「うん。寝ていてもいいんだ。会わせて」
「わかった。じゃあ、俺についてこい」
「ありがとう」


 ソファから立ち上がったシャマルがドアへ向かう。
 ドアから廊下に出たシャマルの後を追いかけようとして、綱吉は気がついたようにクロームを振り返った。
 彼女はあわく微笑んで、うなずく。

「ボス。私はここにいるわ」
「うん。わかった。いってくるね」

 ディーノは片手をあげて左右に振った。

「俺も、もうしばらくは時間があるから、おまえが戻ってくるまではここにいるよ」
「それなら、ボンゴレが先輩の見舞いに行ってるうちに、オレはコロネロ先輩に連絡を入れてくる」

 スカルがソファから立ち上がり、半分ほど開け放たれたドアへ向かい出す。

「へえ。コロネロもいるんだ」

 進みかけた足を止め、ドアの付近で綱吉が振り返る。スカルは立ち止まった綱吉の側に立ち、彼のことをサングラスごしに見た。背丈は綱吉よりもすこしだけ高いスカルだったが、横幅はスカルのほうがやや細い。華奢な二人がならぶと、どうにも頼りなげな感じがして放っておけないような気持ちがディーノのなかに生まれてくる。

「コロネロ先輩は、ラル先輩と一緒にドン・トマゾのとこに加勢に行ったんだ。武器関係の情報とかはコロネロ先輩達のが詳しいからな。襲撃犯達は必ず武器の収集をしてるはずだから、そこから根こそぎ犯人達を捕獲する計画なんだ。武器さえおさえちまえば、被害は最小限になるからな」

「そうなんだ。ありがとう、ってコロネロとラルに伝えておいてもらってもいい?」

「ああ」

「スカルもありがとう。ほんとうに、ありがとうね」


 綱吉が親しげにスカルの腕に触れながら微笑むと、スカルは短い悲鳴をあげて首を振りながら後ずさった。


「べ、別に! そんなたいしたことはしてないんだからそんなに改まるな! じゃ、じゃあな!」

 半分くらい開いていたドアをすり抜けるようにしてスカルが部屋から出ていく。その様子をあっけにとられて見送った綱吉は、室内にいたディーノ達の方へ顔を向けて、くすんと吹き出して笑い出した。

「いまの、なんなんでしょう?」

「照れてんじゃねぇのか?」

「あはは。可愛いですねえ。スカル」

「可愛い、か。ツナ。それね、こっちのおまえもよく言うんだぞ。『スカルは可愛い』って」

「はは、そうなんですか?」

「ツナがアルコバレーノ達のことを家族のように愛しているのが、たぶん、あいつらにも十分なくらいに伝わってるはずさ。だから、結婚式でのことが情報として出回った瞬間にあいつらは、いろいろな理由をつけてボンゴレにやってきて、あれやこれやと仕事を請け負ってちりぢりになって活動してるんだ。大事な人が傷ついて痛めにあってるのを黙って見ているほど、あいつらは無能じゃないからな。リボーンがあいつらに声をかけたらしいけど、リボーンから声がかからなくったって、あいつらはおまえのために勝手に動いてただろうよ」

「……そう、ですか……」

 綱吉は泣くのをこらえるかのように、唇を結んで、潤みかけた目でゆっくりと瞬きを繰り返した。ふいに早足で近づいてくる足音が廊下から聞こえてきたと思うと、開けっ放しの扉からしかめ面のシャマルが顔を出した。綱吉を見つけたシャマルは、じろっと綱吉をにらみつけ、唇の片側だけを持ち上げる。


「おいおい。ボンゴレ。なんでついて来てねーのよ。俺、独り言言いながら廊下歩いていっちまったろ?」
「ごめんごめん、行くよ。行く」


 潤んだままの目元を片手でおさえて、綱吉は苦笑して廊下へと踏み出した。扉に手を掛けたまま、綱吉は室内を振り返って、ディーノ達へと微笑を向けた。


「行って来ます」


 黒い外套の裾をひるがえす綱吉の姿が、閉まりゆくドアの向こう側に消えていった。



 そうして室内に残されたのは、ディーノとクローム・髑髏だけになる。彼女はシャマルが座っていた、ディーノの向かい側のソファにそうっと静かに座った。ふんわりとしたドレスの裾が優雅に揺れ、日本人特有の艶やかな黒髪がさらりと小さな顔の輪郭にそってこぼれおちる。
 綺麗な女性だと思う。
 しかし、子ども時代から彼女を知っているディーノにとって、クロームは妹のような従姉妹のような気持ちがあって、どんなに魅力的で美しい女性だとしても、口説き落とそうという気持ちになったことはない。


「なあ、クローム」


 ディーノの呼びかけに、片目をゆっくりと瞬かせ、クロームは首をかしげる。


「骸が生きてるのか死んでるのか、おまえにも分からねぇのか?」

「知りたいの?」

「そりゃあ、……あいつとは少なからず、交友があったわけだし、心配するに決まってんだろ」

「そう」

 儚げに相づちをうって、クロームは薄化粧をほどこした唇を閉じる。ふっくらとした柔らかそうな唇は閉じたまま、開かない。

 会話が終わってしまったのかと思って、ディーノが次の話題を何にしようか考えていると、

「死んでいないわ」

 清廉とした声でクロームが告げた。
 ディーノは声もなく、神託を告げる巫女のように清らかな表情を浮かべているクロームを見つめた。

「骸様が死んでいるとしたら、私は生きていないわ。みんな気が動転してるのか、長い間に当たり前になってしまって忘れているのか……。誰も、そのことに気がつかないでいるけれど」

 クローム・髑髏の臓器が六道骸の幻覚で機能していることは、守護者やごく身内の連中だけが知る事情だった。考えても見れば、骸の身体が本当に危機的な状態になれば、彼女の身体も危機に窮することになることは間違いがないのだ。急な驚きで跳ね上がったディーノの心拍はすぐに戻らず、どくどくを胸の内側を叩くかのように脈打っていた。

「――ああ、そういや、おまえの臓器、まだ骸の幻影のまま、なんだっけ? でも確か、ボンゴレの医療班なら、かなり精巧な造りの人工臓器とか扱ってなかったのか?」

「ええ。手術をすれば、人工の臓器をいれることも可能と言われたことがあるわ」

「もしかして、わざと手術をしないでいるのか?」

「ええ。手術はしたくないの。骸様が死ぬときに一緒に死ぬことが出来るのなら、私はそちらを選ぶわ」

 誇らしげと言ってもいいくらいのはっきりとした口調でクロームが言う。
 ディーノは心を伝った苦みのままに、顔をしかめて彼女をかるく睨んだ。

「それ、ツナが知ったら悲しむぞ。一度に、骸とおまえのことを失いかねないって知ったら――」
「ボスは知ってるわ」

 さも当然というようにクロームが言うので、ディーノは面食らって少しだけ言葉を失ってしまった。心の優しい綱吉のことだ。クロームをなんとか説得して、手術を受けてもらえるように何度も話をしただろう。だが、霧の守護者である骸とクロームには常人では分からぬ絆がある――彼と彼女を結んでいる絆の特異さは、彼等を知っている人間ならばおのずと理解することができる。彼と彼女との間に流れている絆は綱吉にすらどうすることもできなかったのだ。


「ボスはすごく残念そうにしていたけれど。私と骸様のことを、理解してくれようとした。私はそういうボスがとても好き。大好き。だから私は、私が出来ることならばすべて、ボスにしてあげたい。たとえば――、ボスに子供が必要だというのなら、私が人工授精で妊娠して、ボスの子供を産んでもいい」

 ディーノが息を呑むと、彼女は優しく微笑んで唇を笑みのかたちにする。

「私の血が混じることを、ボスが嫌でないのならだけれど」


 汚れを知らぬ少女のように微笑むクロームの様子にディーノは全身から力が抜けていくような思いがした。片手で顔を覆って天井を見上げると、指の隙間から照明の眩しい光がディーノの瞳をくらませた。

 綱吉がクロームのことを嫌っていないことは明白だ。そして、クローム自身が了承すれば、近い将来、彼女が綱吉の子供を産むことになるだろう。リボーンと綱吉の間では、綱吉が女性に子供を産ませることはすでに決定事項としてあげられているのだ。

 閉じた瞼の裏に、フラッシュバックのように予測される未来がはじけて消えていく。

 盛大な結婚式。祝福の鐘。微笑む新郎と新婦、そして殺し屋の彼。巡る年月。そして生まれる新しい生命――、初代ボンゴレの、ジョットの血を引く由緒正しき血脈の赤ん坊が生まれる。

 ディーノは戸惑いを胸中にたゆたわせながら、苦い顔をして首を振った。


「……骸も、おまえも、盲信的すぎだろう?」

「盲信的? 残念だけれど。この感情に名前は必要ではないのよ。ドン・キャバッローネ。ひとつの名前でくくって呼べるような感情を、私も、骸様も、胸に秘めていないのだから」


 片手で右目をおさえ、クロームは愛おしそうに微笑んだ。
 ボンゴレの霧の守護者の愛情の深さと濃さに気圧されたディーノは、ソファに背中でもたれて溜息をつく。


「骸が生きていることを、みんな知ってるのか?」

 ディーノが足を組みながら問いかけると、彼女は首を振った。

「いいえ。知らないわ」

「どうして教えてやらねぇんだ?」

「死んでいないから、生きていると言えるだけ。きちんと『生きている』と言い切れるほどではないから、口には出せない」

「……そうか。生きて、会えたらいいんだけどな」

「どうして?」

「言っただろ? 旧知の仲の奴が死ぬのなんて嫌なんだよ」

「そう。――あなたもずいぶんと甘い人ね。ドン・キャバッローネ」

「うん?」

「骸様は、かつてはあなた達マフィアを殲滅しようとしていた人なのに。そんなに心配するなんて、まるでボスみたい」

「まるで、ツナみたい、か。――今でもな、ツナといると、ときどき、ハッとするときがあるからなあ。あいつはいつまで経っても、マフィアでいることに慣れたりなんてしない奴だから……。そういう奴がいると、こういう世界でも、少しは違ってくるもんさ」

 クロームは黙ってかすかに微笑んでいる。

 ふと、彼女とこんなに会話をする機会などこれまで全くなかったことを思いだし、ディーノはソファから背中を離し、両膝に両腕をのせるようにして身を乗り出す。ぎしりとソファが音を立てた。

「普段は大人しいのに、今日はよく喋るのな」

「あなたが大人しいからよ。ドン・キャバッローネ。――リボーンがあなたをかばって怪我をしたことに落ち込んでいるのね」

 クロームの言葉に、ディーノは己の醜態を指摘された気がして、一瞬、頭に血が上った。とっさに睨みそうになった目を閉じ、燃え上がった感情をおさえつけながら、ディーノは短く息を吐く。

「俺、そのこと、おまえに言ってねぇよな?」

 ディーノが片目を細めてクロームを見ると、彼女は真摯な様子でゆっくりと頷いた。

「たとえ言われなくても私には分かるわ」

「なんで?」

「女の勘」

「それ、冗談だよな?」

「ええ。冗談よ。――適当に言ってみただけ」

「適当かよ、なんだよそれ……」

「びっくりして、すこしは元気がでてきたかしら?」

 真面目な顔をしてクロームが言うので、ディーノは吹き出して盛大に笑い声をあげた。確かに、本音を付かれてカッとしたおかげで、ぐずぐずと落ち込んでいた感情はどこかにいってしまった。そして声をあげて笑ったせいか、ずっと肩や背中にのしかかっていた重苦しいものも多少は軽くなったような気がした。

 細長く息を吐いて、笑気を散らしたディーノは、クロームと視線をあわせて、にこりと笑う。彼女は、ディーノの明るい笑みを見て、こくりと一度頷いた。その頷きの意味は――元気になったようでよかった――だろうとディーノは勝手に思った。


「ボス。リボーンとのこと、気がついてしまうかしら?」

 綱吉が出ていった扉を見つめながら、気がかりそうにクロームが言う。
 ディーノは胸の前で両腕を組み、うーんと低く唸った。

「そう、だな……。お互いに卒業式のあたりがきっかけだったってことだったみたいだしな。自覚する一歩手前くらいなんじゃねぇかな。――もしも、十八のツナが自分の感情に気がついたとしたら、すげえよな」

「なぜ、すごいの?」

「だって、ツナ、二回も同じ奴に惚れる訳だろう?」

「そうね。二度も同じ人に惹かれるなんて――」


 感嘆するように息を吐いて、クロームは微笑みながら目を伏せた。


「――それはもう、運命ね」