綱吉は引きつるように呼吸をして目を見開いた。
 自分は溺れている。
 そんな錯覚がして、懸命に呼吸を繰り返す。綱吉がいたのは水中ですらなく、水の気配すらないような、豪奢な家具や調度品であつらえられた寝室の、天蓋のついた重厚なキングサイズのベッドのうえだった。ベッドの他にもキャビネットやスクリーンと言ってもいいような大きなサイズのテレビが置かれており、広すぎるくらいの寝室だった。

 目を瞬かせながら、綱吉はベッドの上で体を起こす。布団のうえには綱吉が着ていたジャンパーがのっていた。喉が渇いていて、無意識に唾液を飲み込んで咳払いをする。――と、ベッドに人が近づいてくる気配がして、綱吉はとっさに身構えるように身体を縮めた。

 首にはごつめのシルバー製チョーカー、白いシャツのうえに濃い灰色のセーターを着、下履きは黒。ふんわりとした黒髪に少し気だるげな甘いマスク――、その顔を綱吉はよく知っていた。

「――起きましたか?」

「らん、ぼ?」

「はい。ランボですよ。ボンゴレ」

 にっこりと笑って、ランボは呆然とする綱吉に向かっておどけるように一礼をする。その隣に、菫色のブラウスに黒いロングスカートを履いたクロームが現れる。眼帯をしていないほうの瞳が優しい気遣いを含んで綱吉を見つめていた。

「クローム……」

 彼女ははにかむように微笑んで、綱吉が寝ているベッドの端に座り、手を差し出した。

「脈をはからせてもらってもいい?」

 綱吉はクロームの白く華奢な両手に左腕をさしだす。彼女の温かい指先が綱吉の手をとり、手首に回る。長い髪を首のうしろでゆるく結んだクロームの、うつむきがちな顔を眺める。彼女と重なるように、六道骸の微笑が思い出され、綱吉は痛んだ胸をごまかすように息を吐く。
 ここでは誰も綱吉の言葉を聞くものはいない。
 九年と半年前の綱吉は、この時代では『使えない』人間でしかない。
 ボンゴレのボスだと、周囲から言われ続けてはいても、今の綱吉は人の上に立ったことなど『まだ』ないのだ。

 理想と現実。
 正義と害悪。
 生命と死体。

 何を犠牲にして何を守るのか。
 何を賭けて何を得るのか。

 九年と半年後の沢田綱吉が生きる世界は――、命が天秤の上にのせられるような場所に立ったことのない人間がいるような場所ではなかった。

 骸。
 六道骸。
 彼が死んだらそれはきっと、綱吉のせいだ。
 未来の、この時代の綱吉ならば、ボンゴレのボスとして力強く戦い、機転をきかせて負傷をした骸のことも見捨てることなく、助けたのかも知れない。

 そう考えると、己が情けなくて、悔しくて――。
 ゆるみかけた涙腺がまたゆるみかけて、綱吉は目元に力を入れる。

「――クローム、ごめん」

 綱吉の謝罪に、クロームはわずかに頭を横へかたむける。

「どうかしたの? ボスが謝ることなんてないわ」

「……骸を、置いてこさせたのは、オレだから……、オレがいたから――」

「いいの。ボス」

 綱吉の手を両手でゆったりと握って、クロームは綱吉の目をまっすぐに見て、首を振る。

「ボスのせいじゃない。これは骸様の意志。あなたを守ることこそ、骸様が望んだことなの。それに、骸様はこんなところで死ぬような方じゃないわ」

「……そう、かな……」

「ボスは、いまの骸様を知らないのね。骸様はあなたのことが大事で大事で仕方がないの。あなたがもしも死んでしまったら生きていけないくらいに、ボスのことが大好きなのよ。ボスが泣くようなことをするはずはないわ」

「あのう」


 近くの壁によりかかるように立っていたランボが苦笑する。


「クロームさん。それ、骸さんが聞いたら怒りませんか?」


 クロームは硝子玉のように綺麗な瞳をランボへ向けた。


「骸様が何に対して怒るの?」

「いや……。勝手にボンゴレのことを大好きだって、暴露してるのを」

「だってみんな知ってる事だわ」


 ランボとクロームとで交わされる会話を聞いていた綱吉は思わず「え?」と声をあげてしまう。


「みんな? 知ってる?って、骸がオレのこと、好きなのを、知ってるってこと? なんで? っていうか、骸って、オレのこと、好きだったの?」


 綱吉がきょとんとしたようにランボとクロームを見比べると、彼はますます微妙な顔で笑い、彼女はすこし得意げな様子で微笑んだ。


「ボス。私と骸様は、秘密の約束をしてるのよ」

「約束?」

「ええ。私も骸様も、絶対にボスを泣かせたりしないっていう約束。ボスは骸様がこのまま死んだりしたら、嫌なのでしょう? もしもそんなことになったら、泣くのでしょう?」


 クロームの右手の指先が綱吉の頬に触れる。泣きすぎて熱をもって腫れてしまった目元には、彼女の指先は冷たく感じられた。綱吉が頷くと、クロームはほんのりと微笑んで綱吉の顔から手を引く。


「ボス。骸様を信じていて。骸様はきっと戻ってくる。あなたが生きるこの場所へ。必ず戻ってくるわ。それを私は信じてる」

「わかった……。信じるよ。骸と、クロームのことを」


 綱吉の言葉を受け、クロームはベッドに立ち上がった。スカートの裾を気にするように両手でととのえたあと、ランボを見つめる。


「私、ドクターのところへ行って来る。ランボ、あとはお願い」

「はい。分かりました」

 ランボは片手を上げてクロームに答える。彼女は綱吉達に一礼をして背を向けると、扉に向かって歩き出す。

「クローム」

 ドアノブに手を触れたまま、クロームが振り返る。長い髪の毛先が動きにあわせて揺れた。彼女はたったひとつの美しい瞳を優しく細め、綱吉の言葉を待つように静かに待つ。
 綺麗な人だ。
 綱吉が知るクローム・髑髏は、綺麗というよりは可愛らしい女の子だった。しかし、目の前にいる彼女は確かにクロームではあったが、綺麗すぎて、美しすぎて、綱吉はまともに彼女の事を見ていられなかった。頬が紅潮するように熱をもつのを自覚しながら、綱吉はクロームにむかって頭をさげる。


「あの、……ありがとう。オレに、ついていてくれて」

 いいの。
 微笑みながらそう言って、クロームはドアノブを回して廊下へ出て、室内を振り返る。

「ボスの近くにいられて、私は幸せだから。――また、来るわ」


 丁寧にドアが閉まる。
 クロームを見送っていた綱吉は、ベッドの近くの壁に背を預けたままのランボを見た。彼は綱吉と目があうと、甘い色香を漂わせるかのごとく、艶やかに笑んだ。

 十年バズーカがたびたび使用されるたびに、綱吉は成長したランボの姿を見てきた。小学校にあがっても、ランボはときたまバズーカを使用したりした。だから、綱吉は、いま目の前にいるランボのことを見たことがある。
 この時代に来て、綱吉は初めて安心を感じて、ランボに向かって笑いかけた。


「おまえがいてくれて、嬉しいよ。……『こっち』に来て、初めて、知ってる人にあった気分だよ……。おまえ、いくつなの?」

「十八歳になりました」

「そう。オレと同じなんだね。オレが知ってるおまえは、九歳で、まだ泣き虫で……」

 綱吉のなかで思いがたかぶって、言葉にならなくなる。唇を結んでしまった綱吉のことを気遣うように、ランボが壁側から離れてベッドの脇に両膝をつくようにして跪いた。

「ボンゴレ。ずいぶんと、怖い目にお会いになったんですね。でももう大丈夫です。ここはボンゴレの本邸になります。警備も完璧ですし、警護の人員も増員してありますから、国家レベルの襲撃でもないかぎり、破られることはありません」

 ランボの言葉は途中から綱吉の耳に入っていなかった。

「……ボンゴレの、本邸?」

 ボンゴレの本邸。

 急速に曖昧だった意識がはっきりとしてくる。
 いま。
 綱吉がいるのは。
 綱吉が、いるのは――。

 過去。
 高校。
 未来。
 ボンゴレ。
 マフィア。
 卒業。
 襲撃。
 逃走。
 リボーン。
 了平。
 骸。
 六道骸。
 ろくどうむくろ!

 綱吉は己がどこにいるのか、ようやく自覚した。

 ベッドから両足をおろして、綱吉は裸足のままで絨毯を踏む。驚いているランボの胸ぐらを掴み上げ、ひとまわりほど大きな彼の身体を壁に押しつける。


「リボーンは? みんなは何処?」
「ボンゴレ?」
「みんなは何処?」

 エメラルドのような色の瞳でランボは綱吉を見下ろし、困ったように眉尻を下げた。

「落ち着いてください。リボーンはみんなと――、襲撃についての情報をやりとりしてます」

「そこへオレのことを連れていって」

「え、それは――」

「リボーンに、連れてくるなって、言われた?」

 ランボの手が、セーターを掴み上げている綱吉の手に重ねられる。彼は目線を泳がせるばかりで綱吉の問いに答えない。
 綱吉は掴んでいたセーターを離して大股で扉へ向かう。

「どこ? 案内できないなら、口で説明して」

「――あーもう……、分かりました!」

 背後から駆け寄ってきたランボが、綱吉のドアノブに触れる前にドアノブを掴んだ。もう片一方の手には、ワインレッドのスリッパを一対持っている。「履いてください」と言いながら、ランボがしゃがみ込んで、綱吉の足下へスリッパをおく。素足をスリッパにいれていると、ランボの手が綱吉の肩のうえにのせられる。


「きちんと呼吸をしてますね?」

「……、してるよ」

「おれのことを見てください」

 綱吉は目を逸らさずに綺麗なエメラルド色の瞳を見つめ返す。
 ランボは微笑みながら頷いた。

「行きましょう」

 ランボがドアを開ける。彼の後に続いて綱吉も廊下に出た。ふわりと鼻先に甘い花の臭いが香る。それが廊下の隅に飾られた花瓶にいけられた大輪の百合の花が目に入る。深紅の絨毯がしかれた廊下を歩く。両側の壁には誰のものか分からない、絵画が飾られている。幾度か訪れたことのあったボンゴレの本邸だったが、綱吉はいま自分がどこを歩いているかよく分からなかった。

 綱吉はあらためて隣を歩くランボを見上げる。ふんわりとした黒髪の毛先が歩くたびに揺れる。ざっくりとしたセーターとYシャツ姿には不似合いな、幅が五センチもありそうな首輪と言ってもよさそうなほアクセサリがランボの首で鈍く光っている。ごつめのアクセサリにしても、服装とまったく似合っていない。妙な違和感を感じて、綱吉はランボの腕に触れたあと、指先で首輪を指し示した。

「首の、それ、なに?」
「これですか? ただのアクセサリですよ」
「ごついね、ずいぶんと」

 首もとのアクセサリを指先で撫で、ランボは口元だけで微笑する。

「あげませんよ?」
「――別に。欲しくないよ、そんなの」

 ランボは肩をすくめて前を向く。歩いていく途中で十字路があり、通路を左へ曲がる。綱吉は、もう自分がどこを歩いているのかよく分からなくなっていた。ランボとはぐれてしまえば、屋敷の中といえど迷子になるだろう。

 ランボの隣を歩きながら、綱吉は彼を見上げる。ざっと見積もっても十センチほどの身長差があるようだったし、筋肉の付きいた体つきもしなやかで、どう考えても同い年の綱吉と比べるには立派すぎる体躯をランボはしている。なんだか納得したくない事実に突き当たった気がして、現状がそれどころではないと認識しながらも、綱吉は嘆息してしまった。

「ランボ。背ェ、高くなったんだな」
「そりゃあ、年月が経てば自然と伸びますよ。成長期ですし」
「くそ。ずるいな。オレ、いま、おまえと同じ年なのに、おまえより低いって、屈辱」
「大丈夫ですよ。『こっち』のあなたは、いまのあなたより、背は高くなってますよ」
「そうなの……?」
「ボンゴレ自身が、二十歳過ぎてからも背が伸びた、これは第三次成長期だねなんて言って笑ってましたけど――。さあ、着きましたよ」

 足を止めたランボが、通路の突き当たりにあった豪奢な装飾が施された観音開きの扉を片手で指し示す。

 綱吉は目を閉じて深呼吸をした。

 落ち着け。
 落ち着いて話をしなければ誰も綱吉の言うことなど聞いてはくれないだろう。

 目を開いた綱吉は、ランボを背後に従えて、扉を両手で開け放った。

 室内の中央にあったのは円卓で、その周囲にはたくさんの椅子がぐるりと用意されていたが、誰も座っていなかった。

 さらりとした金髪のうえに繊細そうなティアラを乗せた青年は円卓に腰掛け、彼の近くにはスーツを着た小柄なリボーンが立ち、とても背の高い男――こちらも見覚えのある入れ墨を頬にいれていて、ランチアのようだった――が立っていた。三名から離れた壁際には、黒髪に鋭く流麗な目をした青年――おそらくは雲雀と思われる人間が立っていた。

 彼らは入室してきた綱吉を見て、話を中断したらしく、みな、綱吉に注目するように視線を向けている。

 綱吉はまっすぐに彼らがいる円卓の近くへ進み出る。背後からランボがついてくる気配がした。彼らとの距離が縮まると同時に、綱吉はリボーンの瞳に浮かんでいる冷酷な気配に息がつまりそうになった。綱吉はこれまで、リボーンに酷い扱いを受けることが多々あったが、そのどれの根底にも、彼なりの友愛的心情が少なからず綱吉には感じ取れた。だがしかし、いま、目の前で綱吉のことをまるで怨敵のような勢いで睨みつけているリボーンの視線からは濃く深い『拒絶』しかない。それは殺し屋特有の殺気とも似ていて、綱吉は無意識のまま、息をつまらせかけてしまい、そのことを誤魔化すように咳払いをした。

 リボーンの黒い瞳がすぅっと動いて、綱吉の隣に並んだランボを見据えた。

「おい。アホ牛。オレの話をちゃあんと聞いてたのか? 誰がこいつを部屋の外へ出していいと言った?」

 ぞっとするほど冷たい声音にひるみそうになる気持ちを支え、綱吉は言った。

「ランボを責めるな。オレが連れて行けって言ったんだ」

 ランボが口をひらく前に綱吉が発言すると、リボーンはひたりと冷たく綱吉を睨みつけ、視線を外した。
 室内にいるメンバーのなかに笹川了平がいない。
 綱吉が最も頼りたいと望んでいたのはリボーンだったのだが、未来の彼はどうしても綱吉が知っているリボーンとはかけ離れていて近づきがたかった。身長が伸び、声音が変わってしまっている彼はもはや綱吉の知るリボーンではなかったし、再会してからのリボーンの態度が異常なほどに綱吉に対して閉じているせいもあって、リボーンに手を伸ばすことなど出来なかった。
 そのせいか、了平の温かな手のひらの存在がいまの綱吉にとっては拠り所のようだった。

「あの……、了平さんは?」

「笹川了平は医務室行きー。本邸に着いて車を降りた途端、倒れちゃったんだってさー」

 円卓に腰掛けていた、金髪の青年が微笑する。黒ずくめ、金髪、頭上にティアラ――、おそらく綱吉が思い当たった人物の名と、目の前で微笑む人物の名は同じだろうとは思ったが確証はない。
 綱吉が戸惑うように眉をしかめると、青年は円卓からひょいっと飛び降りて、踊るような足取りで綱吉の前までくると、視線を合わせるようにわざとらしく猫背になった。

「えー、分かんないの? 薄情者なんじゃないの、ツナヨシってば。――俺だよ、ベル、ベルフェゴール」

「ベル……、ヴァリアーの?」

「そーだよ。よく出来ました」

 よしよし。
 と、言いながらベルフェゴールは綱吉の頭を撫でる。

「了平さんが倒れたって、なんで?」

「あの人さあ、肋骨を何本か折れてたんだってさ。なのにさ、ツナヨシを守るのに必死になってるせいで分からなかったって言ってんだよ? あと少し手当が遅れたら、内蔵がいくつか使い物になんなくなってた可能性あるんだって。どんな身体してんのよ、あの人は。で、いまはドクター・シャマルが治療してる。笹川了平は絶対安静。今回の戦闘には参加は不可でっしょー」

 言葉をつむげない綱吉の様子には気がつかないかのように、にひひと笑って、ベルは背筋をしゃんと伸ばした。

「だいじょーぶなんじゃないの? なんたって、了平だよ? あの人、すごい頑丈だって、おかまも言ってたしさ」

「ベルさん……」

「にしし。ベルでいいよ。ベルで。なんか、ツナヨシ、ちっちゃくなったら可愛ーくなっちゃったんじゃないの? よしよし。王子が守ってやるからね」

 ベルが片手で綱吉の頭を撫でて、にぃいと笑う。綱吉は頭のかたすみで、チェシャ猫みたいな笑い方をするんだなあと思ったが、口には出さずに彼の手を表情少なく受け入れて頷くにとどめた。

「てめえがいても邪魔だ。寝室に戻ってろ」

 リボーンの酷薄な態度に綱吉のなかで苛立ちがわき上がる。ベルが綱吉の頭から手を引いて、わざとらしく顔をしかめて「うへえ、こわい」と綱吉だけに聞こえるように小さく呟いた。耳ざとく、そのつぶやきを聞きつけたのか、リボーンがベルを睨む。ベルは顔の片側だけで笑むと、綱吉から身を引いた。

 落ち着かなければいけないと頭の隅では思っていても、理由も分からずにリボーンに冷遇され続けている現状が綱吉にとっては何よりも苦痛だった。

「骸のこと、どうするつもりなんだよ」
「あいつのことは、あいつがどうにかするだろう」
「出来る訳ないだろ!!」

 激昂した綱吉を見たリボーンの顔が、嘲笑にゆがむ。

「――おい、ちゃんと息をしろよ。今度は過呼吸にでもなるつもりか?」
「リボーン。言い過ぎだ」

 カッとした綱吉がさらに言葉を重ねる前に、落ち着いた低い声がリボーンの行動を制した。リボーンは鼻から息をつき、綱吉から視線を外す。綱吉はそんなリボーンの態度にさらに苛立ちを重ね、何でもいいから悪態をつこうと思って息を吸ったが、目の前に長身の男が進み出てきたので口をとざした。

 頬の入れ墨とたぐいまれな長身のおかげで、綱吉は彼が誰か確信がもてた。

「ランチア、さん?」

 長身の男は「そうだ」と言って頷いた。彼はスーツではなく、執事が着るような服装に身を包み、両手に白い手袋をしている。謝罪の旅に出ているはずのランチアが何故、ボンゴレの屋敷にいるのか綱吉には分からなかった。だがしかし、綱吉はランチアがどんなに良い人であるか十分なほどに知っている。
 綱吉は手を伸ばして、ランチアの腕に触れる。

「ランチアさん……」

 ランチアはむかしと変わらない、逞しく雄々しい顔立ちに柔和な笑みを浮かべて頷く。

「安心していい。ここはイタリアのどこよりも安全だからな。ここには、おまえのことを大事に思ってる奴らがたくさんいるのだからな」

「あの……、ランチアさん、骸が、怪我してて、で――」

「骸のことは聞いている。しかし、悪いが……、ボンゴレ。いくらボンゴレの頼みでも、それは出来ないんだ」

 どうして?と問うように綱吉がランチアの瞳を見つめると、彼は一度綱吉から視線を外したあとで、再び綱吉の双眸を見下ろして言葉を続けた。

「守護者といえど、一人の生命を救うために、多くの犠牲を払うリスクは犯せない。――『ボンゴレ』は知っているはずだ。そう、教えられてきたと、俺は『ボンゴレ』自身から聞いたことがある」

「……でも、オレは、……オレは、骸を――」
「ボンゴレ……」

 諭すような、優しい表情で、ランボが綱吉の肩に手をおく。その手のひらの重みが、実際の重み以上に綱吉の肩にのしかかる。

「あまり、心を痛めないでください。あの人もきっと、分かっていたと思いますから……」

「ランボ……」

 泣きそうになる目元に力を入れ、綱吉はランボを見上げる。

 ふいに、クスッと、場違いな笑い声が室内に響いた。

 ぎくりとしたようにランボが表情を引きつらせ、綱吉は笑い声をあげた黒ずくめの少年へ視線を向ける。

 綱吉と視線を交わしたリボーンは、嘲笑を消しさり、非情なほどに冷たい目をした。


「あいつが死んだとしても、それは仕方がねーことだ」
 

 一瞬で室内の温度が冷えきる。


「リボーン!」
「よせ。リボーン」


 ランボとランチアの声が重なる。しかし彼らの声音に制止する拘束力はない。


「あいつはおまえの守護者だ。おまえを守って死ぬのなら本望のはずだぞ」
「黙れ!」


 叩きつけるように言って、綱吉は激しくリボーンを睨み付けた。


「おまえがそんな奴だとは思わなかった!! 最低だ、おまえ、なんて最低な――!!」


 感情にまかせて綱吉がさらに叫ぼうとした瞬間、金属と硬い物がぶつかりあう鈍い音がひときわ大きく響く。驚いた綱吉は吸い込んだ息を声にするタイミングをいっしてしまい、びくりと体を震わせて動きを止める。

 音の発生源へ目を向けてみれば、壁にトンファーをめりこませた青年が――、雲雀恭弥がトンファーを壁から引き抜いたところだった。ばらばらとコンクリート片が高価そうなブラウンの絨毯のうえに散らばり落ちる。

「耳障りだよ」

 片手にトンファーを握りしめたまま、雲雀がゆっくりと綱吉に近づいてくる。

「さっきから黙って聞いていたら、君は随分と勘違いしているようだけれど」

「――ひば、り、さん……」

「ここがどんなところか分かってるの? スキなんて見せたら、生死に関わるのが日常なんだ。毎日、誰かが死んだ情報が飛び交うようなところなんだよ? 六道骸がきみを守って死ぬくらい、なんだって言うの?」

 抑揚のない、雲雀の言葉が綱吉の胸を突き刺す。
 目に見えない痛みがして、綱吉は胸を片手で押さえて目元に力を入れる。

「……酷い……」

 雲雀は無表情のままで綱吉を見下ろす。

「ひどい? だれが? なにが? ひどいって言うのさ? 君はね、こっちの君はね、今の君のように短絡的で自分勝手なことなんて言うような子じゃなかったよ。無様だね。九年っていうのがこんなにも致命的だとは思わなかった」

 そこで雲雀が嘲笑でもすれば、綱吉は怒りを爆発させてわめき散らす事が出来ただろう。
 だがしかし、雲雀の目に浮かんでいたのは、失望と落胆だった。
 綱吉は両手を身体の脇で握り込み、歯を噛みしめる。
 失望と落胆。
 未来のすべての人間が、いまの――『過去の』綱吉に対して感じているであろう感情だ。
 そして、綱吉自身がいちばんに、己自身に失望し、落胆していた。
 リボーンの銃弾なしで、死ぬ気の炎を制御することは修行中だった。成功率は三割程度、しかも継続時間がどれだけ続くかは綱吉の気力次第というあやふやな状態だ。きっと戦力としては不確定とされ、頼りにされることはない。
 ということは、綱吉はただ、守られるだけなのか。
 胸の内側で火花が散ったような気がして、綱吉は目をぎゅっとつむる。

 大切な人達に危ないことをさせて自分は安全なところで震えて待っている?

 それだけは、嫌だ!


 綱吉は目を開いてきびすを返してドアへ歩き出す。

「ボンゴレ?」
「ツナヨシってば、どこに行くつもり?」

 驚いたようにランボが綱吉の後を追うように歩を進め、ベルは面白がるように声を上げる。

「みんながやらないなら、オレがひとりでやればいいだけです」
「愚かすぎるよ」

 すぐ近くでした雲雀の声音。
 振り向こうとした綱吉の視界に何かが迫り――、

「雲雀、よせ!」
「ボンゴレ!」

 脳を揺るがすような激しい打撃が後頭部からあたえられ、綱吉の視界は反射的に暗転する。どさり。と己の身体が絨毯のうえに投げ出されるのを感じた。絨毯に爪をたてて起きあがろうとしたが身体はそれ以上動かなかった。落下するように意識が途切れて、全身から力が抜けていくのを感じながら綱吉はか細く息を吐き出した。





×××××





 振り返ろうとした綱吉の後頭部へ、雲雀は容赦なくトンファーを振り下ろした。とっさのことだというのに、綱吉は少しだけ身体を前へ倒して雲雀のトンファーの直撃を避けるような素振りをみせたが、やはり避けきれなかった。
 雲雀に殴られた綱吉は絨毯に前のめりに倒れ、あがくように絨毯に爪を立てたが、すぐに意識を失って動かなくなってしまった。

 ハッとしてランボは駆け寄って絨毯の上に膝をついて、両腕で綱吉の身体を抱き起こす。殴られた頭部に触れれば若干、血液が付着する。思わずランボは近くに立っていた雲雀を激しく睨んだ。が、雲雀はもう興味などないと言いたげに、綱吉から視線をはずし、手際よくトンファーを腰から下げたホルダーへしまっているところだった。

「キョーヤ。やりすぎだろ」

 雲雀に近づきながらベルが言う。

「あーあー。ツナヨシ気絶しちゃったじゃん」
「なに? 文句でもあるわけ?」
「キョーヤ。守護者じゃんか。ツナヨシのこと、傷つけんのは駄目なんじゃないの?」
「聞き分けのないことを言うからだよ。これは躾だよ。――ねぇ、リボーン」


 襟とスーツの袖口を指先で整えながら雲雀はあごをひいた。
 リボーンは雲雀の声音に反応するように、うつむき気味にしていた目線をもちあげて雲雀を見た。


「僕は勝手にさせてもらう」
「雲雀、それは――」


 ランチアが何かを言いかけるのを制するように、冷たく流麗な雲雀の眼差しがぴたりとランチアの目を見据えた。


「僕が守りたいのは『彼』じゃない。僕が従ってもいいと思えるのも、『彼』なんかじゃない。――さようら」


 言うが早く、雲雀は一人で部屋を退室してしまった。

 
ぴゅーう。
 と、ベルが口笛を吹いておどけるように片目を細める。

「自由すぎなんじゃないの? ボンゴレって」
「……雲は、仕方がないんですよ。ああいう人なんで」

 ランボは綱吉を腕に抱えたままで、苦笑をする。
 その傍らに、ランチアがしゃがみ込み、かたく目を閉じたツナヨシの苦しげな顔を見ろおし、気が重そうに溜息をついた。右手で一度、綱吉の頭をなでたランチアは、立ち上がると、雲雀の凶行を見ても押し黙ったままでいたリボーンを見た。

「リボーン。すこし、ボンゴレに対して優しくしてやれないのか」

 リボーンは、ランチアがまるで訳の分からないことでも言ったかのように目を瞬かせた。
「優しく? なに言ってやがるんだ? できもしねー約束をして、裏切れってのか?」

「そうじゃない。おまえのボンゴレに対する態度はすこし変だぞ?」
「――変、だと?」

 ひどく歪んだ笑みを浮かべ、リボーンは肩をすくめる。

「そんなことはねーぞ。オレはオレだ。――ただ、融通のきかねぇガキの戯言のせいで苛々してるだけだ」

 ランボはさすがに頭にきて、綱吉の身体を両腕でつよく抱きしめ、リボーンを睨み付けた。気配に敏感なリボーンは、闇のように暗い瞳をランボに向ける。ランボは挑戦的にリボーンを睨み付け、綱吉の身体を抱きしめたままで切り裂くように言い放つ。

「ランチアさん。こいつは自分が面白くないからってボンゴレに八つ当たりしてるだけなんですよ。ことあるごとに、ボンゴレが骸、骸、骸って連呼することが気に入らないだけなんだ」

 かしゃん。という音が耳に届いたときには、すでにリボーンの手には拳銃が握られており、ランボの前にはランチアが立っていた。ランボをかばうように立ったランチアの態度にリボーンは舌打ちをする。

「おまえにはおまえの事情と考えがあることは分かる。だがしかし、おまえがそんな態度をとり続けていては、ボンゴレは苦痛に思うだろう……。おまえ達は、昔からずっと支え合ってきたんだから――」
「それ以上は言うな」

 機械的な声音で言い、リボーンは銃をしまう。
 
 にやにやとした顔のままで、事の成り行きを見守っていたベルが、ランボの腕のなかの綱吉を指さした。

「どーすんの、これ」
「とりあえず、手当をしないといけないでしょう」
「『鳥籠』にいれておけ」

 リボーンの発言に、その場にいた他のメンバーが気色ばむように言葉を飲み込んだ。

 ランチアがリボーンのことを見つめながら、低く囁く。

「本気か?」
「どうせ、そういう話になるとこだったろ、今も」

 リボーンの語尾に重なるように、部屋の扉をノックする音がした。

「失礼しま――、す?」

 返事を待たずにドアを開いたのは、片手に分厚い書類の束を抱えた獄寺隼人だった。彼は部屋に片足を入れた状態で動きを停止させる。目線の先はランボの腕のなかだ。みるみるうちに獄寺の顔が悲劇と驚愕に染まり青白いものになる。
 脱兎のごとき勢いでランボの傍らにやってきた彼は、抱えていた書類をばさりと床に投げ置くようにして、両手を持ち上げたが、綱吉にどうやって触れたらいいか分からず、おろろと両手を彷徨わせた。

「じゅ、十代目!? いったい、何があったんです?」

「あのですね……、実は――」

 横でいちいちベルが口出しをしてきたりしたが、綱吉が部屋に入ってからの出来事をランボは獄寺に説明をした。
 現場を理解した獄寺は、痛ましそうに綱吉の顔を眺めつくしたあとで、厳しく面を引き締めて立ち上がった。


「分かった。雲雀は、いつものように個人行動ってことで作戦行動からは除外しておいたほうがいいな。――あ、リボーンさん。『鳥籠』の設備はすべてチェック終えました。すぐにでも機能します。……本当に十代目を『鳥籠』に?」

「今にも飛び出して行きそうな奴を閉じこめておくには適してるだろ、あの部屋は。外側からしか開かねーしな。ツナが『鳥籠』ん中にいるんなら、オレ達にはいくらだって動きようはある」

「『鳥籠』ねぇー。ツナヨシってば、本当の意味で籠の鳥になっちゃうわけだ」

 チェシャ猫のように笑ったベルがランボのもとに近づいてきて、すとんとしゃがみ込む。片手で綱吉の頭を撫でながら、ベルは言葉を続ける。

「さっき、話してたとーり、うちの方のルートを使って情報収集してあげるよ。ボスからも『ボンゴレから要請があったらすべてイエスと言え』って命令されてるしね。何か分かったらすぐにハヤトに連絡する。それでいいんでしょ?」

「ああ。連絡先はこっちにしてくれ」

 獄寺がスーツの内側のポケットから銀色の名刺ケースを取り出し、そのなかから一枚の選び出してベルに差し出す。しゃがみ込んだまま、獄寺の手からカードを受け取り、ベルはおおげさなくらいに「えーえぇ?」と声をあげた。

「また変わったの?」

「定期的に変えねーと、ハックされるぞ? ヴァリアーの情報機関は大丈夫なのかよ?」

 立ち上がったベルは渡されたカードを無造作に上着のポケットにつっこんで、無邪気そうに笑った。


「えー、俺知らない」


 呆れたように獄寺が半眼をベルに向けたが、ベル自身はどこ吹く風といった感じに興味なさげに腕を持ち上げて伸びをしていた。

「用事も済んだし、ツナヨシの顔も見られたし。王子、満足したから帰っとく。――ご健闘をお祈り申し上げております、ですよ」

 ベルはふざけるように大げさな一礼を披露して部屋から出ていった。


 獄寺は絨毯のうえに投げ置いてしまった書類を両手で集めて抱え上げると、円卓のうえに乗せた。そして書類の一番うえに、クリップをして留めてあった薄い金属のカードを手に取ると振り返り、ランチアを見た。

「ランチア。十代目を連れて行ってもらっていいか?」

「俺でいいのなら、そうしよう」

「頼む。鍵はこれだ。指紋照合のキーの設定は、あんたで設定してくれて構わねーから。どうせ、あんたはこの館から出ないだろうしな」

 獄寺は手にしていた金属製のカードをランチアに手渡す。ランチアは「分かった」と言って、カードを上着のポケットへいれた。そして大股でランボに近づいてきて、綱吉を逞しい両腕で抱え上げた。腕の中のぬくもりがなくなってしまって、ランボは急に寒くなったような気がして、両手をぎゅっと握りしめながら立ち上がった。


「リボーンさん。少し、気になる話があるんでちょっとつき合ってもらっていいですか?」

「ああ」

「あと、おまえも残ってろ」

 獄寺が視線でランボを示すので、ランボは思わず首を傾げてしまった。

「え、おれもですか?」

 獄寺の双眸が鋭く細められる。ランボは何度か頷きながら、片手を持ち上げる。

「わかりました」

「――では、ボンゴレを連れてくぞ?」

 ランチアが宣言して歩き出そうとした瞬間、

「待て」

 制止をかけたのはリボーンだった。


 大柄なランチアの両腕に抱え上げられた綱吉の身体はよりいっそう華奢で小さく見えた。実際のところ、綱吉は平均的な男子程度の身長と体重はあったが、規格外のランチアと比べてしまうと、か弱い印象がぬぐえなかった。

 ランチアは近づいてきたリボーンのために、高く持ち上げていた両腕を出来るだけ低くした。それでもリボーンにとっては少しだけ見上げるような形になる。

 リボーンは、ランチアの腕に抱えられた綱吉の顔を黒い瞳でジッと見た。リボーンの指先がぴくりと何かを求めるように動いたのをランボは見た。しかし、彼は両手を持ち上げることはせず、血の気の薄い綱吉の顔を無表情のままで見つめ続けた。ふいに、むずがるように綱吉が眉間にしわを寄せて、いやいやをするように首を振った。その左目の縁から、透明な涙が一筋だけ流れ――、リボーンの目の前を零れ落ちていった。

 何かを断ち切るようにリボーンが目を閉じ――、開く。

 彼は手を伸ばして、ランチアの腕からこぼれおちている綱吉の手に触れ、かるく握りしめ――、声に出さずに唇だけを動かした。二言、三言――空気を震わせることなく、リボーンは言葉をつむいだ。

 そのあとで、リボーンは握っていた綱吉の手を彼の胸元あたりにのせると、ランチアに「行ってくれ」と告げた。

 ランボには彼がなんと言っているのか分かってしまい、なんとも言えない気持ちになって唇を噛んだ。

 長年、ランボは優秀なマフィアになるべく、努力してきた。このごろでは、読唇術を会得できたことをひっそりと自慢に思っているところだった。出来ることを知っているのは山本と綱吉くらいで、他の誰も知らない。その方が何かと便利なのでわざと他言しなかったのだ。


 リボーンが声に出さずに言った言葉。



『きっと元の世界に帰してやるから。いまは大人しくしていてくれ。ごめんな。つな――』



 ランチアが綱吉を連れて扉へ向かって歩き出す。
 リボーンと獄寺はその背中を見送るように視線を送っている。ランボも彼等同様に扉のほうへ顔を向けていたが、視界のすみに映るリボーンの横顔のほうが気になって仕方がなかった。

 十数分前ほどに、綱吉に毒づいたリボーンの態度からは想像もつかないような、彼の本音ともとれるような声にならない言葉がランボの頭のなかで響く。


 ごめんな、つな――。


 リボーンがその言葉を、意識のある綱吉の目を見て言えば、きっと綱吉はとても安心するだろう。ランボはリボーンと綱吉の関係をずっと見てきた。五歳の子供の頃から、十八歳の少年となるまで、ずっとずっと見てきた。誰よりも、彼等よりも、彼等の関係の変化を見守ってきたと言ってもいい。

 だから今の綱吉とリボーンのやりとりを見ていると泣きたいような、わめきたいような、駄々っ子のような気持ちがわいてきてたまらなくなる。


 そうじゃないでしょう。
 あなた達はそういうやりとりをするような関係じゃなかったでしょう。

 
 十八歳の、過去の綱吉に対して、十四歳のリボーンはきっと距離を測りかねているのではないか――とランボは思った。どう扱っていいか分からないうえ、綱吉は六道骸のことを口にしてばかりで、いっこうに周囲を見回す気配をみせないので、ますますリボーンは己の感情の制御がうまくいかなくなって、綱吉に対して酷い言葉を投げてしまうのかもしれなかった。


 ごめんな、つな――。


 その言葉のあとに、リボーンはもうワンフレーズ、言葉を続けていた。

 それはきっと、十八の綱吉には決して伝えられないであろう、言葉だった。


 ランチアが綱吉を抱えたまま、器用に扉を開いて出ていく。その姿を映しながら、ランボは視界の隅のリボーンの表情から目が離せなかった。それまで陶器の人形のように美しい顔立ちに表情などなかったというのに、綱吉の姿がドアに遮られて見えなくなる瞬間――、リボーンは今にも泣き出しそうな、悲痛さをこらえるような顔をして唇を引き結んだ。

 ランボは見てはいけないものを見てしまったような気がして、パッとリボーンの顔を視界から外して、部屋の天井からぶら下がっている豪奢なシャンデリアを見上げた。きらめくような照明のあかりに目を細めながら、ランボはリボーンが決して口にできない言葉を思い出さないように心の奥に深く沈み込ませる。




 リボーンが口に出来ない言葉。



 十八歳の綱吉に言いたくて言いたくて、でも決して口に出すことはできない恐ろしい言葉。



『おまえをここへ導いたオレを許さなくていいから。憎んでくれていいから。オレを愛してくれなくてもいいから。――生きてさえいてくれれば、いいから……』




 リボーンがそんなことを考えていたとは思わなかったランボは、心臓が早く脈打っているのを意識しながら、目を伏せる。



 読唇術なんて出来なければよかった。



 重たい気持ちを胸のあたりに抱えながら、ランボはゆるゆると息を吐き出して肩を落とした。