|
暖かくてやわからいものにくるまれている。自分は守られているのだという安堵感からか、綱吉はゆっくりと意識を取り戻していった。
瞼を持ち上げたさきは、よく見慣れた自室の天上だった。何度か瞬きをして、視線だけで室内を見回す。綱吉の私邸にある自分の寝室だ。布団の中で手足の存在を意識すると、身体のあちこちに包帯などが巻かれているのに気がつく。右手で顔に触れると、ガーゼや湿布が指先に触れた。おそらくシャマルが手当をしてくれたのだろう。かるい頭痛や身体のだるさはあるものの、気分はそれほど悪くはなかった。
「……いきてるや……」
呟いてみて、綱吉はようやく実感が湧いてきた。
ふいに、部屋のどこからか強い視線を感じ、綱吉は腹筋だけで身体を起こそうとした。が、身体は思うように動かない。薬の副作用なのか、それともシャマルのトライデントモスキートのせいなのかは定かではないが、まるで自分の身体でないかのように、身体が重く、指先をひとつ動かすのにも力がいる。両腕をつかってゆっくりと身体を起こすまで、数分ほどかかったような気がした。
部屋は明かりが消され、ベッドサイドのルームランプだけが灯っている。部屋の隅までを照らす明かりではない。視線の主を捜すように、綱吉は薄暗い部屋に視線を巡らせる。
「誰? 誰か、いるの?」
ドア側の闇に、特徴的な帽子のシルエットが見えた気がして、綱吉はほっと息をつく。
「リボーン?」
小柄な影に反応はない。
「こっち来てよ。オレ、動くの、だるくてさ」
綱吉は右手で影を手招いた。影はゆっくりと闇から進み出て来ると、綱吉のいるベッドサイドまで音もなく歩み寄ってきた。しばらくぶりにみるリボーンの顔に、綱吉は無条件に嬉しさを感じた。幼さの残る容貌とはちぐはぐな鋭い目つきを綱吉に向け、リボーンはベッドサイドに立った。
「なんでのこのこついてったんだ、裏切り者の存在くらい、分かってたんじゃないのか?」
「――だって、裏切らせたのはオレだから。オレが捕まって話きけばさ、少しくらいは溜飲さげてもらえるかなって思って」
「そんな短絡思考であんな目にあったってのか?」
「そりゃあ、痛かったけどさ……。彼らが踏みにじられた痛みには届かないだろうなとか、ね」
ふん、とリボーンは鼻で息をつく。
「お礼、言ってなかったよね。ありがとう。助けに来てくれて」
「てめぇ、わざと捕まっただろ?」
リボーンの切り込むような声に綱吉は指先にまで緊張をはしらせる。
「い、や。そんなこと、ないよ」
「山本から聞いた。おまえはファミリィの動きを知ってた。人質をたてにされるのなんて今までだっていくらだってあった。なのにおまえはわざと捕まった。――オレを試したのか?」
「違う! 試すだなんて――」
「どこが違う? オレが助けにくるかどうか、確認したかったんじゃねーのか?」
リボーンは冷えた目でベッドにいる綱吉を見下ろす。
いつかの夜に見たリボーンの顔と目の前にいるリボーンの顔が重なり、綱吉は恐ろしくなった。見放される。置いて行かれる。捨てられる。あらゆるネガティブな発想が生まれては消えていく。頭の中でリフレインする映像を振り切るように綱吉は頭を振った。
「そうだよ……っ、試して、悪いかよ! オレ、不安だったんだよ! 自分で言い出してておかしいけど、やっぱり好きな奴には好かれてるかどうかって気になるじゃないかっ」
「おいおい、ご主人様。同情でもいいって言ったのはおまえだぜ?」
リボーンは酷薄な笑みを浮かべる。綱吉は泣くまいと歯を噛みしめ、目を伏せたが無駄なことだった。一度、刺激された涙腺はすぐに決壊し、涙は次々に溢れてくる。
「泣くな。鬱陶しい」
舌打ちしたリボーンは、かぶっていたボルサリーノを床に投げ捨て、靴を脱いで綱吉のベッドに膝で乗りあげてきた。驚く綱吉の両手首に素早く解いたネクタイをまきつけ、あっという間に拘束してしまう。
「な、なに? なに、す、――?」
まだ綱吉よりもひとまわり小さい子供の顔に不似合いな、艶やかな色欲の表情が浮かぶ。
「愛人らしくご主人様を慰めてやろうってな」
ぎょっとして綱吉はネクタイによって拘束された手首をほどこうとした。が、彼はそれを許すはずはない。彼は、右手で綱吉の手首を掴み、左手で綱吉の首を掴むと、全体重をかけてベッドに綱吉を押し倒す。苦しさに綱吉が顔をしかめると、その頬を小さな赤い舌が舐めあげていった。
「なんだよ、抵抗するのか? キス以上のことしてやるってーのに、嬉しくないのか?」
「い、今までしなかったのに! 試したからって、い、嫌がらせかよ!?」
馬乗りになっているリボーンから逃れようと身体をよじるが、やはり普段のように身体は動かない。相手にいいようにされてしまうと恐怖した綱吉は、必死に逃れようと足をばたつかせたが、両足は痙攣するように布団のうえをのたうつだけで、リボーンを身体の上からどかすほどの威力はなかった。
綱吉のささいな抵抗をリボーンは声を立てて嘲笑った。彼の小さな左手が器用に綱吉のワイシャツのボタンをはずしていく。小さな右手がネクタイで拘束された綱吉の両手を押さえているだけだ。振り払うことくらいできるはずだと綱吉は両腕に力をこめたが、いまの綱吉では、まだ子供でしかないリボーンの力にすら抵抗できないようだった。
あらわになった綱吉の肌にリボーンの唇が触れる。羞恥心で綱吉は顔が熱くなっていくのを感じた。想像したことがないとは言わないが、突然に始まった快楽の兆しに身体は正直に反応していく。もどかしいものが下半身に移動していくのを、どうしても綱吉は意識してしまい、自分が男だということを思い知るしかない。
肌を吸われるたびに震えてしまう綱吉の反応に、リボーンはいやらしく笑う。
「てめぇがドジふんで拉致られなきゃ、こんなことにはならなかったんだぜ? なぁ、ダメツナ」
「が、ガキのくせに、できるわけないだろ!」
「そりゃあ大きさが物足りねーかもしれないが、オレはテクニシャンだって言われてんだ。よがらせてやれるとは思うぜ? 二十歳も半ばなのにチェリーだもんな、マイ・ボス」
「さいってい、だっ!」
「体は正直だよな、こういう場合は――」
リボーンの手が、ズボンの布越しに下半身に触れる。そこはもうすでに反応をみせ、はやく解放してほしいと主張を始めている。形をなぞるように、もてあそぶように手が上下するたび、綱吉はもどかしさに腰が震えるのを感じた。
「やめろ、やっめろ、って、ば……っ、あっ、ぐっ」
目を閉じて嬌声をあげまいと歯を噛みしめていると、リボーンは歯で綱吉の首に巻かれていた包帯を乱暴に噛み外し、ぺ、と包帯をベッド下に吐き捨てた。
「ひっ、ぃ、あっ……、あぁ、あっ」
あらわになった傷口のちかくを赤い舌が舐めあげてくる。ぞわりと背筋をのぼる快感に耐えきれずに綱吉が開眼すると、リボーンの顔が眼前にあった。彼は綱吉と目をあわせると邪悪に笑う。
「本来のおまえならオレを拒めたのにな」
確かに本来の綱吉の腕力ならば、子供のリボーンのいいようにされるはずはなかった。拉致されなければ、訳の分からない薬を打たれさえしなければ、こんな屈辱は受けずにすんだだろう。綱吉が拉致されたのはリボーンの愛情を確かめるためだったかもしれなかったが、その結果がこの現状を生んだのであれば、それは綱吉の自業自得でしかない。
「自分の浅はかさを呪え」
悪魔のごとき美しき微笑をうかべ、リボーンが綱吉の首筋に顔をうずめる。彼の湿った舌が肌のうえを舐めあげはじめ、はだけた胸にリボーンの冷たい手のひらが踊る。
「うっ、あ、……ぁあ……っ、はぁ、あ、っ」
視界に映る光景の卑猥さに綱吉は興奮し始めていた。期待していた甘い情事ではなく、綱吉の意志などお構いなしの陵辱だったが、リボーンが綱吉の身体を愛している事実に変わりはない。酷い、酷い!とリボーンをなじる自分と、リボーンの舌や唇、手のひらが綱吉の肌を這い回ることへ至福を感じる自分とが、勢いよく振り回されるように入れ替わる。
「リ、ボー、ン」
綱吉は彼の名を呼んだ。彼は答えない。ベルトがはずされる音が聞こえる。綱吉はだるくて動きそうにない体を理由に抵抗を放棄した。そして熱で回らない頭でぼんやりと崩れていく何かを思って涙を流す。
とじた瞼のうらに終わりが見えた。
朝が来たらすべてを終わらせる。
だから今夜だけは何もかも忘れて彼を愛そう。
首筋に痛みがはしる。肌を吸われるというよりも噛みつかれたような痛みだ。そこから血が流れて、一生消えない傷にでもなれば、綱吉は幸せになれるかもしれなかった。
「ねぇ」
綱吉の首筋から顔をあげ、リボーンが綱吉の眼前に顔をよせる。まだ幼さが残る顔立ちは色欲によって興奮しており、子供らしからぬ艶やかさをもっていた。綱吉は自分の身体で興奮している彼を見て、もう何もかもどうでもよくなった。ただ目前の快楽だけが目的の行為ということすら忘れてしまえばいいだけだ。そうすれば不幸かも知れないが幸福な時間かもしれない。
綱吉は誘うよに口をひらき、かるく舌をだす。口元に邪悪な笑みをうかべ、リボーンは綱吉の唇をふさいだ。深く交わりあう舌で互いの唾液がまじることなどお構いなしに、感じるままにキスを繰り返す。
いま死ねたらいいのに。
と、思ったが綱吉は言葉にはしなかった。
服を脱がされ、乱暴に身体を愛撫されながら、綱吉はリボーンを見つめ続けた。これから起きることを生涯忘れることがないように、快楽に振り回されながらも綱吉は愛しい男が自分の身体を愛する時間に没頭することに集中し始めた。
|