どこで道を間違えたんだろう
どこで選択を誤ったんだろう
どこで嘘をつくべきだったか
どこで離れればよかったのか

こんなにも不条理で
こんな無様な関係を
一度だって望んだことはない

オレは彼を磔の晒し者にして
彼はオレを囲い者にしたんだ

最悪の舞台劇の幕は未だ降りず
オレたちは踊らされ続けている


天空で糸を操っているのは――誰?




 執務室のソファの肘掛けに頭をあずけて体を横たわらせ、綱吉は惰眠をむさぼっていた。レースのカーテンごしに強い西日が部屋に差し込んできていて目を閉じていても分かるくらいだった。

 本日分の各方面への命令許可や伝達書類の整理も各種業務連絡も終えている。普段ならば外出をするところだが、このところ綱吉の周囲は騒がしく、どうにも他の人間がいる場所に行く気力はなくなってしまっていた。そのおかげでさぼることもままならず、書類の整理などの室内での仕事がはかどり、手持ちぶさたになってしまったのだ。

 何もすることがないからと館の中をうろつくわけにもいかなかった。六人の守護者たちや長年のつきあいのある仲間たちは別だったが、部下達の中にも綱吉の醜聞を悪く思っている輩が少なからずいるため、自分の屋敷の中といえど、晴れやかになれる場所など、ボスとして仕事をしてる執務室くらいしかなかった。六人の守護者たちもはっきりとした言葉では言わないにせよ、綱吉のしていることを認めていないことは明らかだった。持ち回りなどで綱吉の護衛をしている六人とも、顔を合わせれば、お互いに「例の件」について思い出してしまい、普段通りに過ごすことはとうてい無理だった。


 私邸は仕事をしている館とは別宅となっている。もしも何か連絡がある場合は執務室のほうが各方面への連絡や、交通の便がよいため、仕事が終わったからといって私邸に帰る訳もいかない。午後六時ごろまでの数時間、暇をもてあます結果となり、ソファで寝るくらいしかやることがなかった。が、よく眠れているはずもなかった。

 最近、綱吉は深い眠りについたことはない。元からダブルベッドだった綱吉のベッドにリボーンが寝るようになっていた。しかし、他のものが邪推しているような情事が行われたことは一度もない。綱吉とリボーンは背中あわせに眠りにつくばかりで、互いに行動を起こすことはなかった。

 綱吉が一度、リボーンに手を伸ばしたことがあったが、彼は綱吉の手を一瞥しただけで何も言わずに目を閉じてしまった。愛人と言ってはいたが、いったい何をもってして愛人としているのか、綱吉は分からなかった。体をつなぐわけでもなく、キスを欲しがれば、リボーンはそれに答えてくれる。それで満足かと言われればそんなこともなく、成人男性としてもやもやとしては、自分で処理をする毎日である。


 緊張しているのか、それとも昼間のあらゆる人間から注目されているストレスからなのかは分からないが、眠りは日に日に浅く短くなっていくばかりで、日常生活を送るにも体がだるくて仕方がなかった。目を閉じてゆっくりと呼吸していても、頭のなかはやけにはっきりとしていて、寝ている気にはならないのだ。


 ドアを一枚へだてた廊下を歩いてくる足音が聞こえてくる。綱吉は目を開いて両足を天井に向けて上げ、振り子のように足を下げる勢いでソファの上に身を起こした。寝乱れていたシャツの裾をズボンの中にしまいながら、近づいてくる足音に意識をむける。


 ドアをノックしたあと、恭しい様子で年老いた執事が顔をみせる。優雅に一礼した彼は、


「キャバッローネのボスがお見えです」


 と、はっきりとした口調で言った。綱吉が「とおして」と告げると、彼は「かしこまりました」と答え、再び機械的に一礼をしてドアを閉めた。足音が遠ざかっていくのを聞きながら、綱吉はソファから立ち上がった。ベッドで眠っていなかったせいか、体がぎこちない。両腕を持ち上げてぐっと背伸びをする。短く息をついて、頭部のうしろに手をやると、寝癖がついていた。鏡などおいていないのでどの程度、はねてしまっているのか確認はできないが、相手はよく見知ったディーノなので、綱吉は寝癖を直すのをあきらめ、豪奢な作りの机と対の大きな椅子に腰をおろし、来客を待った。


 しばらくして、規則正しい足音とは別に、颯爽と歩く足音が近づいてくる。ドアの前でなにやら話し声がしたあと、急にドアがひらく。


「よお! 元気だったか!」


 華やかに笑ったディーノは片手をあげた。そのうしろで、執事が深々と綱吉に向かって一礼をして去っていく。

 ディーノは執事に「ありがとうな」と声をかけ、音を立ててドアをしめた。


「おひさしぶりです」


 綱吉は微笑んで答える。


「ディーノさん。今日はお一人なんですね」

「あー、一人ってわけじゃねーよ。玄関にロマーリオを待たせてるんだ」

「ですよね。ディーノさんが部下を連れて歩かないなんておかしいですものね」

「おーおー、お前も言うようになったね、ツナ」


 あははと笑いながら、ディーノは今まで綱吉が寝ていたソファに腰掛けた。綱吉は椅子にかけたまま、机に両肘をつき、組んだ手のうえにあごをのせる。

「何かオレに用事ですか? ファミリィ同士の話し合いじゃないですよね? キャバッローネのボスとしてならば、きちんとアポイントを交わしあうはずですものね」

 うん、そうだな、と小さく言ったディーノの顔から愛想笑いがきえる。困ったような戸惑ったような顔をしてディーノはじっと綱吉を見た。出会ってから十年以上経過しても、ディーノの美丈夫ぶりは衰えることなく、年を重ねるごとに周囲の人間を虜にしてしまうような魅力に溢れていくばかりだった。性別も年齢も関係がない。顔というものは人間関係において最も有効な武器だ。彼は己の容貌をよく知っており、利用することも厭わない芯のとおった性格をしていた。


「――ツナ、オレは回りくどいことがあんまり好きじゃない」

「ええ、知っていますよ。長いつきあいですから」

 ふふ、と綱吉が笑う。
 ディーノは笑わなかった。

「リボーンを私邸に囲って愛人にしたっていうのは本当か?」
「はい」


 ディーノは不可解そうに首をかしげる。


「どうしてだ?」

「それ、話さないといけませんか? プライベートなことですけど」


 ディーノは綱吉の言葉の先をうながすように黙り込んだ。綱吉は組んでいた手からあごをはなし、ぎしりと椅子の背にもたれてかるく笑う。


「オレ、リボーンのこと好きなんです。愛してるんです。だから愛人にしました」
「あいつ、男だろ」
「ええ、女じゃないですからね」
「年だって――」
「知ってますよ、オレとリボーンとじゃ、十三歳違うってこと」
「………………」」

「分かってますよ。いま、オレがどんな呼ばれ方してるのか。淫猥な趣味を持ってるとか悪趣味だとか、それこそ初めて聞いたようなイタリア語の誹りとか蔑称とかもね」

「おまえがおまえ自身の誹謗中傷を受け止めるのはいい。が、ファミリィはどうする? ファミリィとおまえが関係ないってことはないぞ。おまえはファミリィのボスなんだ。ファミリィを貶めてしまう行為は避けるべきだ」


 綱吉は不敵に笑う。そんなことは覚悟している。公表をしてからの七日間の地獄よりはまだ現在はましだった。気が狂うかと思うほどの様々な嫌がらせから中傷、邪推に冷遇、配下の人間たちからの突き上げ、古参の老人たちからの忠告と揶揄、すべての人間が敵かと思うほどだった。それからすでに二週間、もうすぐ一ヶ月が経とうとしている。突き刺さるような罵詈雑言はないにせよ、やわらかいナイフで胸を刺され続けていることは事実だった。
 六人の守護者たちもあらぬ疑い――綱吉が他の守護者たちとも体の関係がある――をかけられ辟易しているようだった。それでも綱吉は彼らに謝罪をすることができても
、リボーンを手放すことなど選択肢にあげることはなかった。

 ディーノは綱吉の顔をひとしきり眺めたあと、ため息をつく。

「覚悟があったって顔だな」 

「あいにくと道がそれしかなかったようなので。――みんなには悪いことをしたなと思ってます。だからオレ、今まで以上に仕事はします。今回のことで失ったものがありますが、それ以上のものを得てみせますよ。必ず、絶対に」

「ツナ。いつから、あいつのことを――?」

「聞きたいんですか? まさかゴシップ紙にでも情報を売るつもりですか?」

「おい、ツナ。いくら冗談でも怒るぞ」

 こわばったディーノの声に綱吉はすぐに背もたれから背を離し、姿勢を正して頭を下げる。

「……すみません。自分でも、ちょっと、最近、いろいろ抑えられないことが多くって――。失礼なこと、言いました」


 いいんだ、と答え、ディーノは綱吉の顔を見つめる。綱吉は精いっぱい微笑んで、彼の心配そうな瞳にこたえる。


「疲れてるだろ。寝て、ないのか?」

「毎晩きちんと休んでますよ。ほんとうにすみません、心配ばかりかけて」

「具合が悪いようなら、オレが信用できる医者を紹介するか?」

「うちにはシャマルがいますから。本当に具合が悪いときには彼に頼みますよ。――そうですね、優しいディーノさんにリップサービスでもしましょうか。――いつから、好きだったのかってさっき聞かれましたけど……。リボーンが呪いが解けて成長をはじめて、彼が五歳か六歳かな、オレがちょうど高校卒業の年で一緒にイタリアに渡るってあたりのときに、リボーンがね、一度だけ、オレのこと抱きしめてくれたことがあったんですよ」

「抱きしめた?」


 意外そうな顔でディーノが呟く。綱吉はうなずいた。


「そうなんです。卒業式が終わって家に帰って、母さんと一階で別れて二階に行ったら、リボーンが部屋にいて。いつものあの黒スーツを着て、帽子かぶって。それで目があったらすぐに「そこにひざまづけ」っていうんですよ。は?ってなりますよね? でもあの、有無を言わさない目でにらまれて、渋々膝をついたらいきなり両腕で抱きしめられて。それまで殴られたり蹴られたりとかしょっちゅうだったし、もう喧嘩ばっかりしてたから、驚いてどうしたの?ってきいても、リボーン何も答えないし。そのうちばしっと頭殴られて、なんかうやむやになっちゃったんだけど……。そのとき、から、かなー。ずっとなんで抱きしめてくれたんだろうって考えるようになって。ようやく高校を卒業してイタリアに渡ってボスになるためにいろいろ基盤を作るって決まってたし、よくやったってことだったのかなあ?とか。それともオレをマフィアにしたことを後悔してたのかな?とかね。よくわかんないけど、とにかく意識し始めたのは、そのときだと思いますよ。あとは、嫌なことも嬉しいことも、なにもかも共有してきたし、ああ、これからもリボーンといられるんだって思うとなんでもできる気がしたんですよ。そういうのって、なんかあるじゃないですか。好きな人と一緒ならなんでもできるっていう幻想っていうか、目にみえないものっていうか――」

「分からないでも、ないけどな。そういう感情ってのは」

「オレって単純だから、ずっとリボーンと一緒なんだって思ってましたから」


 無意識で綱吉は首に巻かれている包帯を指先でなぞる。傷跡が残るかどうかは分からないとシャマルには言われていたが、綱吉としては残ってもかまわない傷だった。ディーノは包帯がまかれた首を凝視したあと、そっと囁いた。


「ツナ、まさかおまえ、それ、自分でやったのか?」

「……はい、実は……」

「アブねえことするなよ、首はやべえんだぞ?」

「リボーンにも同じこと、言われました」


 ぎょっとしたようにディーノは目を見開く。


「リボーンの前でやったのか!?」

「――ちょっと自分でもヒくとは思うんですけど、無我夢中だったんですよ。食事中に急に最後の晩餐だ、お別れだなんて切り出されて。恐慌状態っていうんですか、自分でもなにしてるかあんまり覚えてないっていうか、自覚がないっていうか……。とにかく、もう、必死だったんですよ」

「おまえがそんな、愛情に眩んだ女みたいな真似するなんて――」

「失望しました?」

「失望なんてしないが、ちょっと、ショックだ……」

 綱吉が微笑んでみせると、ディーノはめまいを感じたかのように、右手を額にそえ、うつむいた。

「離れてくリボーンを引き留めるのに必死で自傷までしたんなら、愛人だなんて言ったのも勢いだったんじゃないのか? どうにかして引き留めたくて、とっさにそれが思いついただけで、本当の意味での愛人にまで結びつかなかった、とか」

 綱吉は首を横に振る。

「いいえ。ずっと前から、本当に好きだったんです。きっかけがそういう事になっちゃいましたけど、ずっと前から、リボーンとの関係をどうにかしたいって欲求はあったんですよ。オレだって、ふつうの男ですもん。好きな人のこと愛したいって思いますよ。いろいろ障害がありますけど」

「好きな奴と一緒になるのはいいことだとは思うぜ。でも、ツナ。お前には立場ってもんがあるのを忘れてないか? ボンゴレの一部の組織が不穏な動きをしてるの、分かってるのか?」

「ええ。その件でしたら察知してます。山本に調査してもらってますから。ああでも、キャバッローネ側でも分かるくらい露骨でしたか。それは他のファミリィにも気づかれてると考えた方がいいですね。困ったなあ」

「それがおまえの「愛人宣言」に原因がある。おまえの一言で、本来なら起こらなかった争いが起こり、流れるはずのなかった血が流されるんだ。――おまえがリボーンを手放せば、じきに醜聞は払拭されていく」

「それはできません」

「よく考えろ。同じファミリィ同士でやり合うなんて異常事態だ。そもそもボンゴレは大きな組織だろう。内部分裂が始まれば、それこそ決壊したダムのようにすべて押し流されちまう。長い歴史のあるボンゴレをお前の時代で終わらせちまうのか?」

「………………」

「ツナ。おれを兄貴分だとまだ慕ってくれるのなら、どうかおれの話を無碍にしないでくれ。頼む」


 綱吉は椅子に姿勢よくかけたまま、ソファに座るディーノと視線をあわせる。彼はキャバッローネのボスであり、綱吉よりも長くファミリィを守り続けている経験と誇りがある。たった一人の愛人のせいで、イタリア最強のファミリィ・ボンゴレが崩れれば、キャバッローネも否応なしに争いの火の粉をかぶるだろう。


 たった一人の愛人のせいで。

 綱吉の我が儘を押し通したせいで。

 血を流して死ぬ人間が数え切れないほどいるだろう。



「ツナ」


 見下ろす床のうえに無数の屍の幻をみていた綱吉は、はっとして落としていた視線をもちあげる。

「おまえがリボーンを愛してることを否定はしない。だが、それは引いてはならないカードだったん――」

 ディーノを言葉をさえぎるように、綱吉は椅子から立ち上がった。ディーノに背を向けて、デスクの背後にある窓から中庭へと視線をむける。すでに日は暮れ、あたりは紺色へと徐々に染まりつつある頃合いだった。

「ツナ」

「自分がいちばん分かってますから」

「何を?」

「――こんなの、おかしいって、分かってますから」

「おまえは優しいんだ。ほんとうに心から。そんなヤツには、地獄みてぇな恋だよな」

「いいえ。天国みたいに素晴らしい恋ですよ」


 笑おうとして失敗した顔が窓ガラスに映る。綱吉はゆっくりと深呼吸をして意識を切り替えるイメージを頭のなかで描いた。もう一度、ガラスに映る自分に対して笑顔を作る。先ほどよりはうまく笑えた。その笑顔のままで綱吉はディーノへ振り返る。


「ありがとうございます。オレなんかのためにわざわざ時間をさいて会いにきてくれて」


 綱吉の本当の表情を探るようにディーノはじっくりと綱吉の顔を見つめた。端正な顔立ちと引き締まっていてもしなやかそうな体は、年齢を感じさせない若々しさに満ち、壮年となりつつある彼の魅力をさらに引き立てているようだった。


「いいんだ。顔をみて話したかったからな」

 力がぬけるように笑い、ディーノは雑な感じに髪をかきあげる。

「よかったよ、話せて」

「オレがおかしくなったと思いました?」

「まあ、正直なところ、な」

「自分でもよく分からないんです。もしかしたら本当の恋も愛もまだオレは分からないのかもしれない。ただ、リボーンが、急にいなくなることに耐えられないだけかもしれない。家族が急にいなくなるのってやっぱり不安じゃないですか。その延長で変なスイッチが入っちゃったんですかね」


 綱吉の問いに、ディーノは肩をすくめる。


「それはおれにはわからねぇよ。ツナ」

「リボーンとのことは、数日中にどうにかします。……このままじゃ、いままで築いてきたものが腐っていくだけなの、ようやく分かってきたので……」

「そうか。おまえの決断を信じるよ。それと。奴らから目を離すな。近々なにかやらかす気がするからな」

「ええ。――気をつけます」


 ディーノがソファから立ち上がった。綱吉はデスクの横を回り、立ち上がったディーノへと近づく。ディーノは歩み寄った綱吉の頭を親しげになで回して微笑む。


「酒ならいくらでも一緒に飲んでやるからいつでも、どこへでも呼べよな」

「正体が分からなくなるくらい飲んでもいいですか?」

「ああ、ばっちり介抱してやるよ」

「キャバッローネのボスに介抱させるなんてできませんよ」

「ボンゴレのボスが酔いつぶれたとこなんてボンゴレの部下にみせられねぇよ」


 声をたてて笑いあいながも、綱吉は心のどこかでリボーンとの事を考えていた。


 終わらせるべきなのだろう。

 あの夜に終わるはずだったものを引き留めたおかげで過ごせた数週間。

 触れても、キスをしても、彼は拒否をしなかった。初めは彼に触れることが出来る幸せを感じていた綱吉だったが、次第に触れて欲しい、キスをして欲しいと思うようになった。人は欲張りなもので一度感じてしまった不満を忘れることはできない。彼は一度も、たった一度も、自ら抱擁することもなく、キスをすることもなかった。綱吉が抱きしめて欲しい、キスをして欲しいといえば、彼は行動してくれた。その態度が繰り返されるうちに綱吉は悲しさをかみしめるしかなかった。同情でもいいと懇願したというのに、同情ではとてもではないが足りなすぎる。


 綱吉が欲しかったものは、いくらリボーンを抱きしめ、彼とキスを交わそうと、指先にも触れない距離にまだあるようだった。


「ツナ?」


 名前を呼ばれ、綱吉はすぐに笑みを浮かべる。ディーノは綱吉の瞳の奥を探るように見つめ、首をわずかにかたむける。


「あんまり思い詰めるなよ。いつだって、俺はおまえの助けになりたいって思ってるんだからな」


「ありがとうございます。ディーノさんに好かれてる人は幸せですね。こんな馬鹿なオレのこともこんなにも気にかけてくれて」


 ディーノは、唇をわずかに開いただけで、何も言わなかった。少し、複雑そうに顔をしかめたあと彼は微苦笑を浮かべ、右手で乱雑に髪をかき乱す。


「ディーノ、さん?」

「ん。いや。なんでもない。愛してるよ、かわいい弟分よ」

「オレも、敬愛してます、あなたのことを」

「ありがとう。ツナ。嬉しいよ」


 ディーノは大輪の向日葵が咲くかのごとく、艶やかな笑顔を残し、執務室から出ていった。
 遠ざかっていく足音を聞きながら、綱吉はデスクに寄りかかるように腰をあずけた。もう少しで明かりが必要なほど暗い室内でぼんやりとしていると、幼いころの記憶が思い出されてくる。記憶に残っていることといえば、中学一年のころからが圧倒的だった。泣いて怒って喜んで、悔やんだり憤ったりと忙しい毎日だった。嬉しいこともあったし、おもしろいこともたくさんあった。痛いこともあったし、辛いこともあった。どの記憶のなかにも、様々な容姿や態度の彼がいる。




「リボーン」




 名前を口に出すだけで、急に寂しさが増す。強い焦燥にかられ、綱吉は片手で未だに包帯が巻かれたままの己の首筋に触れる。





「……もうオレ、どうしていいか、わかんないよ……」