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気分が悪い。今にも吐きそうなくらいに具合が悪い。自我がはっきりと形を成していくのと比例するように、気分の悪さと頭痛が強くなっていき、コロネロは思わず呻いて片手で頭を押さえようとした。が、腕は背中側に拘束されていて動かなかった。がんがんと痛む頭で必死に現在の状況を思い出したコロネロは、重たく息をついて瞼を持ち上げた。
最初に通された豪奢な応接室よりも幾分か劣ってはいたものの、調度品の趣味や配置の仕方は応接室と同じ志向が感じられる。まだ同じ屋敷内にいるのだとコロネロが自覚していると、「コロネロ」と甲高い女性的な声がコロネロの耳をくすぐった。
コロネロは床に転がっていたのだが、ご丁寧にも綱吉はソファの上に座らされていた。彼は拘束されているのか両腕を後ろ手にしたまま、困ったように笑っている。
「目ぇ、醒めた?」
「……どうなったんだ、コラ」
「睡眠ガスでばたんきゅーして、んで、こんな状態」
綱吉は背中の後ろで拘束された両腕をかるく持ち上げて示して、おおげさなほどに落胆の表情を作ったあと、口元に皮肉の笑みをのせた。
「あんまりにも上手くいってるからって、ちょっと油断しちゃってたよね、オレ達。まさか、あそこでガス使ってくるとは思ってなかったからさ。二人ともすぐに効いちゃったみたいだから、下手にオレだけ動けないしさー。――オレはさ、ほら、あいつの仕込みのおかげでいろんな薬の効きが弱いから、あの時点でも意識失うほどでもなかったんだけど、おまえらが昏倒しちゃってるからさ、下手に動くと危ないなーって思って――捕まってみた」
「阿呆か! そういうときはてめえは逃げるべきだろ」
「だって、おまえらが酷い目にあうと思ったらオレひとりで逃げらんないよ」
悪びれた様子もなく笑って、綱吉はあっけらかんと言い放つ。
ドン・ボンゴレとしてはあるまじき行為だ。周囲の人間がどれだけの労力と意志をかけて「沢田綱吉」を守っているのか、彼自身の自覚は薄い。綱吉の無自覚さに、コロネロは心がひやりと冷える。
マフィアたるボンゴレが、かつてないほどに、市民から感謝され、市民に愛されていることなど、長い歴史の中でも珍しいことだろう。そして、闇の世界にも秩序というものを持ち込み、綺麗事とされるあらゆるすべてのものを決して手放さずにマフィアのドンで居続ける沢田綱吉は、非常に奇跡的な存在だった。誰も彼も、沢田綱吉という存在に憧れ、妬み、愛し、憎み、恨み、そして――惹きつけられてやまない。
「まあ、どうにかなるでしょ。オレと、コロネロと、スカルがいるんだし」
「……どこまでも甘い野郎だな」
コロネロが呆れて笑うと、綱吉は小さく声をたてて笑った。危機感などない彼の態度を眺めていると、現在の状況について恐れも不安も感じなくなっていく。十年ほど前までは「泣き虫で卑屈なガキ」だった彼がいつの間にか「ボス」らしい顔をするようになったものだと、コロネロは感心するように一人で息をつく。
「すまない……。ボンゴレ」
両腕を背中側に拘束されたスカルが、床のうえに座ってうなだれるように頭を下げる。
「スカル」
綱吉に名を呼ばれ、スカルは顔を持ち上げる。綱吉はスカルの視線を受け、にっこりと笑った。言葉がなくとも「気にしなくていい」「大丈夫」という意志が彼の笑顔からは感じ取れる。スカルは少しの間眩しそうに綱吉を見て、何故か顔を赤くして俯いてしまった。綱吉の顔に見とれてしまったのを自覚したからだろう。コロネロが、じぃっとスカルを眺めていると、視線に気が付いた彼は動揺して息をつまらせ、けほんけほんとむせ始めてしまった。
「オレ、まだバレてないんだね、男だって」
呑気な声音で言って、綱吉はソファから立ち上がった。その足取りは確かなもので、ガスの影響をほとんど受けていないことが伺えた。元・家庭教師がどこまで彼を「ボス」として仕込んだのか。それはきっと綱吉の口からすべてを聞き出すことは無理だろう。綱吉がすべての弱みを見せるとしたら、あの「男」以外にはあり得ないのだろうから。
立ち上がった綱吉は、背中側で拘束されたままの手を開いたり閉じたりする。
「元・アルコバレーノと一緒だからって、オレにまでこんな頑丈なのつけなくたっていいのになー。こーんなに、可愛い女の子だってのに!」
「……………………」
「……………………」
「あ、そうだ、二人とも、身体とか平気? どこか、動くのにとか、支障ある?」
「頭痛と吐き気があるが、動けない程じゃねえ。スカルはどうだ?」
コロネロの視線を受け、スカルはかうるく頷いた。
「――動ける……、というか、動かす。これ以上、あんたに迷惑はかけない」
「あはは。まったくもう。スカルってば、可愛いこと言うんだから。撫でくりまわしたいなあ」
ほがらかに笑う綱吉を激しく睨み付け、スカルは一瞬だけ呼吸に喘ぐように唇を震わせた。
「ふざ、けん、な!」
頬に朱をさし、スカルが鋭く叫んだ。綱吉はスカルの怒りなど受け流すかのようににこにこと笑っている。コロネロは息を吐く。
「ちょっと目を離したすきに、仲良くなったもんだな、コラ」
「でしょう? オレね、スカルが可愛くて仕方ないんだよねー」
「こんな馬鹿のどこがいいんだ? ……ああ、馬鹿だからか」
「可愛いよねー」
「おい! そこは否定しろ!!」
とっさに出たスカルのつっこみに綱吉は愉快そうに笑った。あまりにも緊迫感のない綱吉の様子に呆れたようにスカルは大きく溜息をついて頭を下げたあと、気を取り直したように眉をつりあげて叫ぶ。
「緊張感がなさすぎるぞ!」
「えーっとじゃあ……、これからどうしようか?」
仕方なく綱吉が今後のことを思案するような台詞を口にする。コロネロはスカルと見た。スカルもほとんど同時にコロネロへと視線を向けてきた。彼は鼻からわざとらしく息をつくと、顔の片側だけで笑む。
「――待ってりゃいいだろ」
「なにを?」
反射的に問い返した綱吉を見て、スカルは眉間に浅いしわを刻む。
「あんた、ほんとに分かんねーのか?」
「うん?」
「――コロネロ先輩も分からねーか?」
コロネロはスカルを見て、綱吉を見た。
スカルは何かを予測している。きっとそれはコロネロが考えていることと同じことだと思った。
「オレ達、殺されねぇといいな、コラ」
「そうそう。そこを心配しないといけないよな。……あんまり痛い思いしたくないんだけどな……くそう」
「え、え? 二人とも、なんなの? なにか打開策があるってこと? それとも――」
かすかな音――連続する銃声の音に、綱吉も気がついたのだろう。言いかけた言葉を止め、己の耳が銃声を聞いていることを確かめた彼は表情を消した顔でドアを眺め、沢田綱吉からドン・ボンゴレの顔になる。
「なんか、騒がしいな」
コロネロは未だに痺れている両足に力を入れ、両腕を使わないままで膝をつきつつ立ち上がる。スカルも壁によりかかりつつ、よろよろと立ち上がる。
さすがに座ったままでは『避ける』ことが出来るかどうか、コロネロにも分からない。綱吉は立ち上がったスカルの隣へ移動する。コロネロも絨毯を踏みしめながら、ゆっくりと彼等に近づく。その間も断続的な銃声は続いている。遠くから怒声や悲鳴がほんの少しだけ聞こえてくるような気がして、コロネロはそっと耳を澄ます。
乱雑な足音が複数近づいてきたかと思うと、激しい音を立てて部屋のドアが開いた。飛び込んできたのはキルベティと彼の側近達だった。手にはそれぞれ拳銃を握り、顔は引きつってしまっていて恐怖と怒りがないまぜになっている。
コロネロは確信を持った。
あいつが来てるんならもう終わりだ。
自然と口元がだらしなく笑んでしまうことを隠しもせず、笑いながらキルベティ達を眺める。
「くそう!!」
キルベティは片手に拳銃を持ったまま、まっすぐに綱吉へ突進していく。スカルが綱吉の前に立とうとしたが、ふらついたスカルを制して綱吉が一歩前に出る。
「――どうかしたんですか?」
「行くぞ!!」
キルベティは綱吉の長い黒髪を掴むと、乱暴に引っ張った。
「ちょ、痛ッ――」
思わず悲鳴をあげた綱吉だったが、キルベティの動きは止まらない。顔をしかめた彼の頭からずるりと黒髪のウィッグが外れてキルベティの手にぶらさがる。緊迫していた室内の空気が一瞬静寂をむかえ、――綱吉の「あいたたたたた」という小さな呟きがむなしく響く。
キルベティは呼吸に喘ぐように口を二度ほどぱくぱくと動かしたあと、指にからまっていた黒髪のウィッグを床へ投げ捨て、銃口を綱吉の額に向ける。
「おまえ――、女じゃない、男か!?」
綱吉は嘆息して肩をすくめる。
「じゃあ、あいつはおまえを――」
またたきひとつ。
綱吉は一瞬で身を低めてその場で身体を回転させ、片足を振り上げて銃を握りしめているキルベティの腕を蹴り上げる。そしてのけぞったキルベティの胸を思い切り蹴った。キルベティは壁に勢いよく衝突して床に倒れる。綱吉が動いたときすでに床を蹴っていたコロネロは、キルベティの援護に回ろうとした部下の一人の側頭部へ回し蹴りをぶち込む。ソファをなぎ倒しながら倒れた男に構わず、近くにいた男へ体当たりをする。もつれるようにして倒れた刹那、すぐ近くで鈍い打撃音がした。目を開いてみれば、コロネロが体当たりをした男の首のあたりに綱吉の履いているハイヒールがあった。
キルベティをはじめ、室内に乱入してきた五人の男はそれぞれに気絶をして大人しくなった。コロネロが一人を片づけている間に綱吉は四人を昏倒させていたらしい。思わず口笛を吹くと、綱吉が片目を細めて笑う。が、ウィッグのはずれた彼の有様はお世辞にももう『アリス』という女性には見えず、滑稽さが先にきてしまい、コロネロは笑ってしまった。
「見事だなあ……」
肉弾戦に向いていないので邪魔にならないように壁際に立っていたスカルは、綱吉とコロネロの動きに感嘆するように呟く。しかし、その素直さを綱吉にまた「可愛い」と言われると思ったスカルは、顔をしかめて綱吉を睨んだ。まさにいま、「可愛いなあ」とでも言おうと口を開きかけた綱吉は、スカルの視線を受けると笑いながら口を閉じた。
「――銃声、やんだね」
ぽつりと綱吉が言った。確かに銃声は止んでいる。室内に倒れ伏している人間達は意識を失っているのでうめき声ひとつあげない。
ふと、綱吉が部屋のドアへ視線を向ける。その顔が見る間に驚きに染まり、薔薇色に彩られた目をゆっくりと見開いていく。
開かれたままのドアの辺りにリボーンが立っていた。両手に一丁ずつ拳銃をたずさえ、返り血のひとつも浴びず、呼吸さえ乱した様子もなく、まるで亡霊のように静かに存在している。
「り、ぼ……」
声を詰まらせた綱吉に向かって、リボーンは足音をたてずに颯爽と近づいていく。一瞬だけコロネロとリボーンの視線が交わる。刹那、コロネロは何となくリボーンがもう大丈夫なような気がした。それは長年を過ごしてきた経験上からもたらされる予感のようなものだった。
リボーンは歩きながら右手に持っていた拳銃を腰のホルスターへしまう。そして空いた右手で立ちつくしている綱吉の襟元を掴んで、ぐいっと引き寄せた。
「あ」
体勢をくずして声をもらす綱吉の開いた口に噛みつくように口をあわせ、そのまま襟元を引き寄せてキスをする。スカルが小さな悲鳴のようなもの――いろいろな感情が交ざった「うああああ」といううめき声に近い声――をあげて首をすくめる。予想通りの展開に特に動揺することもなく、コロネロは横倒しになっているソファの側面に腰を下ろした。
キスを終えたリボーンは、綱吉の襟元を掴んだままで不敵な笑みを浮かべる。
「――迎えに来たぜ、ダーリン」
リボーンの表情、言葉の雰囲気、彼のすべてが――、綱吉が憧れてやまない彼を取り戻しているのだと理解した綱吉は、みるみるうちに顔面をゆるませ、いまにも泣きだしそうな顔をして顔をくしゃくしゃにした。
「あはっ、あっはっはっはっは! 待ってたよ、ハニィ」
綱吉の笑顔を見たリボーンは、にっこりと笑ったままで、左手に持っていた拳銃を構えて連続で二発発砲した。コロネロもスカルも注意を怠っていなかったものの、伝説の殺し屋たる彼の弾丸を避けることは容易ではない。ほとんど当たったかと思われた弾丸は二人の身体を避けて壁と床にめり込んだ。リボーンを見てみれば、一瞬の殺気を悟った綱吉がとっさにリボーンへ身を寄せたため、よろけたように一歩下がった格好になっていた。ということは、綱吉が邪魔をしなかったら確実にリボーンはコロネロとスカルを撃っていたということになる。コロネロは首の後ろが冷えた気がして首を縮めた。
「ちょ、なにすんだよ!」
ようやく口が利けるようになったスカルが青い顔で小さく絶叫する。リボーンは笑顔のまま――目線は確実に怒りをあらわにしていたが――、スカルへ再び銃口を向ける。
「傷を付けたら許さねーって言っただろうが。アホ共め」
「リボーン。オレ、傷なんてついてないよ。無事だから。どこも怪我してないから」
綱吉が笑いながら呆れるように言うと、リボーンは「ふん」と鼻で息をつくと、左手にもっていた拳銃も腰のホルスターへしまった。そして倒れているキルベティに近づいていくと、スーツの上着やズボンのポケットをまさぐって、小さな鍵を取り出した。その鍵で綱吉の手首を拘束していた手錠を外すと、彼はその鍵を綱吉へ手渡した。
綱吉は苦笑をして、コロネロとスカルの拘束具の鍵を開けて、二人を自由にした。赤く擦れてしまった手首を引き寄せて眉を寄せているスカルを後目に、コロネロは手首や肩を回して、身体の異常を確かめる。頭の中がまだぼんやりしていることや頭痛や吐き気があることをのぞけば、重大な負傷はないようだった。
絨毯に落ちていた黒髪のウィッグを拾い上げた綱吉は、器用な様子でそれを被りなおした。窓ガラスに映った自分自身を見ながら髪を整えている綱吉のすぐ側にリボーンが近寄っていく。
「ツナ」
「うん?」
髪を整え終えた綱吉は、リボーンと向き合うように立った。
艶の抑えられたゴールドのドレス、黒髪をした愛らしいレディと。
スーツが似合うというよりは、何を着ていても絵になる少年は。
お互いを眺めあいながら、穏やかに優しく微笑みあった。
「オレはもう臆病になるのはやめた。おまえ、オレのことが好きなんだろう? 好きで好きでたまらねーんだろ? だったらオレがおまえのこと必ず幸せにしてやる。だからおまえは、オレの隣で幸せになればいいんだ。分かったか、バカツナめ」
猫のあごしたを撫でるかのごとく、低く甘い言葉に触れた綱吉は、それこそとろけるような笑顔を浮かべて何度も頷く。
「――も、おまえ、さいこー……、ばか、ばかだな……、くくっ、あはははははは!」
声をたてて笑いながら、綱吉は両腕でリボーンの身体を抱きしめる。リボーンはまんざらでもないのか、ご機嫌な様子で綱吉の身体に身を任せている。
なんだか脱力する思いにかられたコロネロが隣にいるスカルを見てみれば、彼は今にも頭を抱えそうなくらいに複雑な顔をしていた。
「恥ずかしい人がいる……」
「言うな、奴は本気なんだぞ、コラ」
「おー、小僧ってば、いきいきしてんのなー」
何時の間にやら部屋の入り口に山本が立っていた。わずかに頬やスーツに返り血が飛び散っているものの、彼には怪我がないようだった。血と人の油とでぬらぬらと光る刀を片手にもったままで、山本はコロネロと目が合うと人懐っこそうに笑った。
「山本!」
「おー、ツナ。――無事でなによりだぜ」
「ごめんね。オレ達、ぽかやっちゃって」
「ま。いいんじゃね? 結果オーライってことで」
綱吉の声に片手を振って答え、山本は室内に踏み行ってドアの辺りの壁に背中でもたれる。山本の方へ顔を向けていた綱吉は、リボーンにあごを掴まれて再びリボーンと目を合わせる。その顔はにやにやと笑いっぱなしでだらしがないことこのうえなかった。
「おい。誰が馬鹿だって?」
「いえいえ。ごめんなさい。失言でした。馬鹿じゃありません」
「――惚れ直せ、阿呆が」
「帰りてえ、いますぐに帰りてえ。なんかもう、……ほんとに帰りたい」
口早に呻いたスカルの隣でコロネロは短く息をつきつつ、無自覚なのか自覚有りなのかよく分からないままにいちゃいちゃし始める二名を冷ややかな目で眺めた。
「オレもだぜ、コラ」
「ま。いいんじゃねーの? 一件らくちゃーく!」
へらりと笑って山本が片目を閉じる。
綱吉はリボーンと額をあわせるようにして幸せそうに笑う。それを見て、コロネロはなんとなく「これでよかったんだろうな」とほっとしている自分自身に気がついた。綱吉は別にコロネロの前で泣いたり嘆いたりする態度は一切見せずに、終始笑って気楽な態度を貫いていたが――、やはり綱吉は心のそこからは笑っていなかったのだろう。今の彼が心から正直に笑っているのがコロネロにも分かった。綱吉とリボーンに振り回された一日だったが、綱吉の笑顔を取り戻せたのだったら頭痛や吐き気などは些細なことだ。
「で、とりあえず、あとの始末はどうしますか? ボス」
おどけるように軽く頭を下げて山本が聞くと、綱吉は短く「うーん」と唸ったあとで口を開く。
「面倒ごとは全部、警察に任しちゃおうか。――例の警部に連絡しておいて」
「オーケィ。ボス」
山本は答えを返すと、刀を持っていない方の手をスーツの内側に差し入れて携帯電話を取り出しながら、室外へ出ていった。綱吉はリボーンから離れてコロネロとスカルの前まで来て、はにかんだ。
「コロネロとスカルもうちに寄ってって、シャマルに看てもらって。治療費がかかるようならば、ボンゴレから手当もちゃんと出すからさ」
「え、でも――」
「いいんだよ。スカル。これは必要経費だと思って。オレに払わせてよ」
「遠慮なく世話になるぜ、コラ」
「そうそう。コロネロみたいに素直に受け取って、ね?」
「ボンゴレ……」
感嘆するように囁いて、スカルが恐縮そうに頭を下げる。なんだかんだ言いつつ、スカルは綱吉のことが大好きなのだ。おそらく、スカルは沢田綱吉という人間にひどく憧れていて、好きで好きでたまらないのだ。昔からずっとずっと綱吉はスカルに優しい。コロネロが「おまえは何故スカルに優しいんだ?」と綱吉に問うと彼は「だってスカル見てると昔のオレみたいでさ、弟みたいなんだもの」と言って笑った。綱吉とスカルの間にあるものは『兄弟愛』なのだろう。微笑ましいものだと思っていたコロネロの視界の端っこで綱吉が見る間ににやーと笑う。コロネロは彼の言う台詞が予測できてしまい、思わず吹き出してしまった。
「あとでお菓子買ってあげるからね」
「ふざけんな!」
間髪入れずに叫んだスカルの顔が朱に染まる。綱吉がクスクスと笑い、リボーンが鼻で笑う。コロネロは、涙目で肩を振るわせるスカルの肩に片手を置く。コロネロを見たスカルは「……先輩ぃ」と小さく呻いて唇を引き結ぶ。慰めのために二度ほどスカルの肩を叩いたあとで、コロネロは綱吉へ視線を向ける。
「こんなとこで遊んでても仕方ねぇだろ? ボンゴレ」
ああ。そうだね。
と言って、綱吉は長い黒髪を両手で背中へはらい、魅力的に微笑んだ。
「帰ろっか」
にやりと笑ったリボーンが綱吉に向かって右手を差し出す。
「ようやく、お目覚めの時間だな。アリス」
くっ、と笑い声をもらした綱吉は、にやにやとした顔のままで、リボーンの手を左手で握った。
「そうだね。こんな格好してる意味なんてもう吹き飛んじゃったしなあ」
二人は視線を交わして、クスクスと笑い合う。
そこには、数時間前の陰鬱な雰囲気など欠片も残ってはいなかった。
馬鹿なことにつきあわされたもんだ。
コロネロは心の中で思うだけにとどめ、限りなく苦笑に近い微笑を浮かべて、先を行く二人の背中を眺めた。
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