きらびやかな衣装をまとった人々の波に紛れて、黒いシルクハットを被ったリボーンの後ろ姿が見えなくなっていく。スカルは目の前で繰り広げられたことを頭のなかで反芻して、誰がどういった感情でどう話し、どう行動したかを考えてみる。ふと、隣でおおげさなほどに深い溜息をついたコロネロが、近くを通り過ぎていこうとしたウェイターのトレイから赤ワインのグラスをひとつ奪い、その場で一気にあおると、あっけにとられていたウェイターのトレイにカラのグラスを戻した。ウェイターはわずかに頭を下げて離れていく。



「コロネロ先輩」



 スカルが声をかけると、透き通った硝子のようなコロネロの瞳がじろりと動いてスカルを見た。



「リボーン先輩、おかしいよな? 前からボ……、アリスのことは大事にしてるんだとは思ってたけど、さっきのあれは、もう――」


「ヘタレのおまえにそんだけバレてるのも、あいつは気がついちゃいねぇんだろうな」


 話しながら、コロネロは近くのテーブルに近寄っていって、新しい皿に豪勢に盛りつけられているビュッフェを適当にのせ始めた。スカルはもともとあまり食事が好きではないので、パーティ会場などで出される普段から食べ慣れていないものなど、よけいに食べたくはない。片手で持つには重そうなくらいに皿に料理を盛ったコロネロは、フォークで料理を口に運びだす。

 スカルは手持ちぶさたになって、少し離れていた場所に立っていたウェイターを呼んで、アイスティーのグラスをひとつもらって片手に持った。よく冷えたアイスティーを二口ほど飲む。



「ってことは、――リボーン先輩がアリスを好きだってことか?」



「そうだろ? 今のあいつのあの態度は異常だ。前みてーに、「オレのものはオレのもの、おまえのものもオレのもの」とかいう精神からきてる態度じゃねーよ。ありゃあ、完全に愛だの恋だのにくらんでる奴の目だ。……溢れんばかりに愛人のいたあいつが、段々と女と切れていった理由が、いま分かったぜ、コラ」



「リボーン先輩の気持ち、アリスは知ってるのか?」



 口の中につめこんだ料理をすべて咀嚼し終えたあとで、コロネロは「当たり前だろうが」と苦い顔でうめいた。


「知ってるだろ。さっきのやりとり思い返してみやがれ。アリスは、リボーンが怒るのを見ても、怯むことも戸惑うこともなかっただろ? あれは、――弱みを握ってる顔だ」


 面白くもなさそうに言って、コロネロは再びフォークで料理を口に運び出す。スカルは綱吉が去っていった方向と、リボーンが去っていった方向を眺めて、そして視線を足下に落とす。


 リボーンが綱吉に執着していることはスカルには分かっていた。


 綱吉と長い間を過ごすうちに、リボーンは己の中に埋没していた「弱さ」と「優しさ」と「甘さ」の在処を知った。知ったからには、不変ではいられない。リボーンは変わらざるをえなかった。


 人間というものは、良い意味でも悪い意味でも、己を変えた人間から離れられなくなってしまう。


 綱吉によって変わってしまったリボーンは、自分がどんなに愚かで無様な有様になろうとも、綱吉からは離れられないのだ。



「コロネロ先輩」


 口にたくさんの料理をつめこんでいたコロネロは、目線だけでスカルの言葉を促した。彼の口の中の食べ物が少し減ったところで、スカルは溜息をついて肩を沈ませた。



「オレ、すっごい、嫌な予感がするんですが」



「奇遇だな。オレもだぜ、コラ」



「……いまのオレ達の立ち位置って、当て馬ってやつじゃあないのか?」



 フォークで口の中に料理を運んだコロネロは、租借をしながらサファイアのような色の瞳をぐるりと回転させて、肩をすくめる。コロネロなりの同意の仕草と受け取り、スカルはますます情けないような複雑な気持ちにかられて、「あーぁあ」と間延びした声をもらす。


「……オレ達……、なにしてんでしょーね……」


「――くだらねぇ茶番につきあってんだ、美味い飯くらいたくさん食っておいて損はねえだろ。てめぇもせっかくだから食っとけよ、コラ」


 口をもごもごとさせながらコロネロはカラになった汚れた皿をテーブルに置き、近くに立っているウェイターに近づいていって、カクテルをもらいに行ってしまう。


「……まったく……。誰も彼も、やりたいようにしかやらないってどういうことだ? 巻き込まれる身にもなってくれ」


 スカルは溜息をついて、持っていたグラスを持ち上げる。グラスごしにシャンデリアの光を見ると、きらきらと光が反射してとても美しかった。



「……これ以上、八つ当たりされんのだけは勘弁してもらいたいぜ……」



 自嘲気味に笑ったあとで、スカルは光にきらめくアイスティーのグラスを唇に寄せた。