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六道骸は目を見開いて真っ白な天井を見上げた。無意識のうちに呼吸を止めていた数秒間で、身体と意識がつながるような感覚がして、己が目覚めたのだと自覚した。咳き込むようにして呼吸を再開すると、ようやく音が聞こえるようになった。身体の全てが気だるく、どこが痛いか分からないのだが、あちこちが痛くて身動きすらしたくないほどだった。
「――目が覚めたのか?」
聞き覚えがあっても、声の冷たさのせいで、それが誰の声だか骸はすぐには分からなかった。枕のうえにのっている頭を少しだけ動かして、声のするほうへ視線を向けようとし、骸は右目が眼帯で覆われていることに気が付く。鼻先に香る消毒薬の臭いのおかげで、自分は病室にいるのだと骸はなんとなく分かった。どうして病院に?という疑問は、左目に声の主の姿を映した瞬間に消し飛ぶ。
病室の明るすぎる白い照明の下に彼はいた。
沢田綱吉。
彼の異様な姿に骸は息を呑むしかなかった。
綱吉は浴びた返り血を何かで拭っただけの格好で――ブルーブラックのスーツや白いシャツには血の染みができ、頬や首筋には赤くこすれた血の跡がまだ残っている――、髪も半分以上赤黒くなったままでだった。その額には白い包帯が巻かれ、頬にも大きなガーゼのようなもので覆われている。もしかしたら洋服で隠れた身体にも治療のあとがあるのかもしれない。そう思うと骸はぞっとして体温が下がったような気がした。
「綱吉くん、怪我――、怪我を、して……」
綱吉は喜ぶ様子も嬉しそうにすることもなく、戸惑う骸を見下ろしている。
刹那、綱吉は振り上げた拳を骸が寝ているベッドに叩きつける。ぎしりとベッドが歪んで揺れた。普段の彼にしては荒々しすぎる所行だったため――力の加減はしているらしくベッドが大破するようなことはない――、骸はますます状況が把握できずにただ呆然とするしかなかった。
「綱吉くん、……どうか、したんですか?」
怒りに燃える綱吉の瞳が噛みつくように骸の目を射抜く。
「――おまえはオレのものなんだろ!? 勝手にッ、勝手に死ぬのなんて絶対に許さないからな!! クッソ……、馬鹿野郎! どうしてこんなになるまで無理したんだよ!? どうして一人で何でもやろうとすんだよ!? 馬鹿! 馬鹿野郎!! 死ぬところだったんだ!! ふざけんな!!」
一気にまくしたてた綱吉の声が震える。泣くのかと思った綱吉は、激しい怒りに翻弄されるように短く呻き声をあげて、頭を抱えてその場に座り込んでしまった。
泣き声は聞こえては来ない。
骸はベッドに寝ころんだまま、床に座り込んでしまった綱吉の――血に染まったやわらかく色素の薄い髪を眺めていた。じわじわと「何故、自分は今ベッドで寝ているのか」を思い出しつつあった骸は、全身の気怠さと痛みの理由も理解した。
布団の中から右手を出して、床に座り込んでいる綱吉に伸ばそうとした。しかし腕は指先ひとつ持ち上がらず、わずかに震えるだけで動かなかった。骸は仕方なく、床にしゃがみ込んで、おそらくは怒りで肩を振るわせている綱吉を眺めることしかできなかった。
しばらくして。
ゆっくりと綱吉が顔を上げ、そして立ち上がった。
彼は泣いていなかった。
悔しさと怒りが混ざったような複雑な顔をして、ベッドの上の骸を見下ろしている。
「僕は、死ななかったんですね……」
「一度、死んでる。心肺停止したんだからな」
「……ああ、そうなんですか……。僕が、こうしてあなたと会話が出来ることは、ずいぶんと奇跡に助けられているということなんですね?」
骸がなんでもないことのように言葉を紡いだことが綱吉の精神を刺激したのだろう。刹那、綱吉の両腕が骸の入院着の襟を掴み上げた。急に動かされた身体が痛み、もれそうになった悲鳴を骸は喉の奥へ飲み込んだ。
「おまえが死んで生まれ変わってきたって、オレは絶対許さない!! オレをおいて逝ったおまえを、絶対、絶対に、許さない!!!」
吠えるように言うと、綱吉は骸の身体をベッドに押しつけるようにして抱きしめた。そこでようやく、骸の耳元で「ううっ」という嗚咽の声が小さく響き始める。引きつれる嗚咽に呼応するように小刻みに震える綱吉の身体のぬくもりを感じながら――。
骸は、目を閉じた。
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