02/だいじょうぶ こわれないよ










「――え?」


 山本は思わず声をあげて首を傾げてしまった。

「ツナ、さっき、なんて言った?」

 普段通り笑いながら綱吉へ問いかけた山本は思わず眉間にしわをよせて、口を閉じる。綱吉は夕日が差し込む教室の窓硝子を背にして立っている。逆光で見えにくい彼の顔が、泣きそうなくらいに引き歪んでいるのが山本の目に映る。

「ツナ、どうし――」
「なんでもない!」

 叩き付けるように言った自分の声に驚いたように、綱吉は片手で口を覆って、そしてぎゅうっと目をつむった。大きな彼の目の縁から涙が盛り上がって流れていくのが、机の列を二つ挟んだ場所に立っている山本にも見えた。なんでもないという言葉が嘘なのは明らかだ。

「なんでもなくねーだろ。だって、ツナ、泣いてるだろ」

「なんでもないんだってば……っ! じゃあね、山本!」

 だだをこねるように言って、綱吉は自分の机のうえに置いてあった通学用の鞄を片手で掴んで走り出す。山本はとっさに動いて、横を走り抜けようとした綱吉の腕を掴んだ。腕をとられ、がくんと上半身を揺らして立ち止まった綱吉は、低いうめき声をもらす。そして腕を掴んだ山本のことを、濡れた瞳で睨み付け、苦痛そうに眉を寄せる。

「ほうっておいてよ!」

「ほうっておけるか!」

 思わず声を荒らげてしまってから、山本は悔いて歯を噛みしめる。目を伏せて一から五までの数字を数えてから、また目を開く。綱吉は山本の手から逃れようと腕を振ろうとしていたが、山本は綱吉の細い手首を離すつもりはない。

「さっき、オレ、なにかツナが泣くようなこと、言ったか?」

「ちがう……ッ」

 絞りだすような声で綱吉が言う。俯いてしまっている彼の顔を山本は見ることが出来ない。ぶるぶると掴んでいる腕も、細い肩も震えている。綱吉がこんなに小さい体躯だったのだと山本は今さらながらに思い知った。山本が本気を出して乱暴しようとしたら簡単に壊してしまいそうだった。いま、掴んでいる腕だって、粗雑に扱えば折れてしまうんじゃないかと思うほど細い。


「手、離してよ。やまもと」

「理由がオレじゃないなら、どうしてツナは泣いてんの?」

 綱吉の要求を無視して、山本は問いかけた。

「……手、離して……」

 山本の問いを無視して、綱吉は同じ言葉を繰り返した。

 山本は綱吉の様子がおかしくなる前までの会話のやりとりを必死に思い出す。その会話のどこかに、彼の態度が一変した何かがあるはずだ。山本が思い出すのに夢中になっていた瞬間、綱吉がひときわ強く腕を揺すって、山本の手から腕を引き抜く。

「ツナ!!」

 叫んで追いかけようとした山本を、綱吉は廊下に出てから振り返り、睨みつけて追いかけるのを制した。

「オレが言ったことは忘れて! ぜんぶ忘れて!!」

 一方的に叫んで、綱吉は廊下を走っていってしまう。廊下を走っていく足音が遠ざかっていって、やがて聞こえなくなった。
 教室にひとり残された山本は、茜色の差し込む教室に立ちつくし、片手で額をおさえて俯いた。

「……なんで、泣いたんだ……? ツナ……」





×××××
「あーぁあ」


 両手を頭上へ持ち上げて、山本が間延びした声をあげる。綱吉は、前の席に座っている山本の背中から慌てて視線を外して、シャーペンを握り直して机のうえにあったプリントを見下ろした。

「つなぁ、ぷりんと、終わったかー?」

 爽やかな笑顔を浮かべて山本が体の向きを変えるように座り直して振り返る。綱吉は笑顔を浮かべて頷いた。


「うん。なんとか。山本は?」

「俺もなんとかー。ま、これで間違ってたら、明日も居残るしかねーかもな」

「あはは。なんだよ、山本ってば。最初っからやり直し予定なの?」

「ツナと一緒ならいいかなーってな」

「なんだよ! オレも一緒に居残りなの?」

「そうだよ。俺、ひとりじゃつまんねーもん」


 あっけらかんと言った山本が立ち上がりながら笑う。

「なんだよ、それ」

 綱吉も同じく声をたてて笑いながら、シャーペンと消しゴムを筆箱にしまう。山本は本来の自分の席がある教室の中ほどへ歩いていき、筆箱を鞄のなかに立ったままで入れていた。

「プリント、提出して帰ろう」

「そーだーなァ。――あ……。しまった」

「ん? どうかしたの?」

「んー……、ちっとな。――これ」

 山本が鞄のなかからきれいな桜色の封筒を取り出した。椅子から立ち上がった綱吉は、その手紙を目にした瞬間、心臓がひやりと冷えた気がした。桜色の封筒は可愛らしくて、とても女の子らしかった。ひらひらと桜色の封筒を持った手を舞わせ、山本は苦笑する。


「朝、下駄箱んなかに入ってたんだ」

「……もしかして、ラブレター?」

「うん。そうだった。一個上の先輩みてーなんだけど、名前見ても、オレ、顔わかんなかくてなー」

 手紙を鞄のなかに入れて、山本は肩をすくめる。綱吉は表層に動揺を伝わらせないように必死に感情をコントロールしていた。胸が苦しくて、ドキドキと跳ねるくらいに脈打っていて、声が震えてしまいそうだった。

 山本にラブレターを送った、ひとつ年上の先輩が誰かは綱吉は知らない。けれど、彼に告白をしようとした女の子がいるということはいま、知ってしまった。
 山本は男子にも女子にも好かれていてとても人気がある。綱吉とは比べようもないくらいの人気者だ。そんな彼が、とある事件をきっかけに、綱吉と仲良くしてくれるようになって、綱吉は有頂天だった。ひそかに憧れていた山本と仲良くなれて、いろんな話をしたり、いろんなことを一緒にするようになって――、綱吉はずっと浮かれていた。そして、不意に気がついてしまったのだ。これはただの「憧れ」ではないと。きっかけがあった訳ではない。ものが落下するような自然な感じで、突然に自覚した。
 自分は、山本武のことを、友達として見ているのではなく、勝手に「恋人」のように感じているのだと――自覚した。自覚したところで、口に出して伝えることなど出来るはずはない。気づいてしまったからこそ、綱吉は細心の注意をはらって、彼と接するようにしていた。距離をはかり、理性をはたらかせ、これ以上、想いがふくれあがらないように一生懸命につとめた。――というのに、山本はこともあろうに、女子からのラブレターを綱吉の前にちらつかせてしまった。きっと桜色の封筒を選んだ女子は可愛らしい女の子だろう。綱吉のような痩せてチビでドジな男子ではなく、華奢で可愛らしい――女の子だろう。そう考えるだけで、綱吉はおなかが痛くなってきそうだった。座り込んでしまいたい衝動をこらえながら、綱吉はかるい調子で山本に問いかけた。


「返事、どうするの?」

「返事なー……、どうすっかな。もう、帰っちまったかもしれねーし」

「え? 帰ったって……」

「四時半に、理科室で会いたいって書いてあったのな」


 綱吉はとっさに教室の壁にかかっている時計を見た。時刻は五時四十分すぎだ。明らかに四時半などとうに過ぎてしまっている。背筋が冷えて、綱吉は一瞬、息が止まった。


「……もう、過ぎてるじゃん! 早く行ってあげなよ!」

「うーん……、でもなぁ……、もう帰ってんじゃね? だって、もう六時ちかくだぜ?」

「そんなの、わかんないだろ? 待ってたらどうするんだよ」

「えー……きっと、帰ったって。一時間以上、待ってるなんてことねーって」


 微苦笑を浮かべて言う山本の態度に、綱吉はかちんときた。綱吉と違い、山本はこれまでも幾度か告白をされているだろうから、彼なりの対処の仕方があるのかも知れない。けれど、綱吉には許せなかった。せっかく勇気を出して手紙を書いて、告白しようとしている相手を向き合うことをしない山本に対して苛立ちがわく。と同時に、待ちぼうけをくらっている女子に自分を重ねて、苛々していることを綱吉は自覚していた。綱吉に告白する勇気などない。そんな勇気を出した女子をないがしろにされることは、綱吉の想いをもないがしろにされた気がして、悲しくてたまらなくなる。


「勇気だして、手紙まで出してくれたなら、山本もその人と向き合わなきゃダメだよ!」

 自分でもよくわらからない衝動にかられ、綱吉は声を高くして言った。

「好きな人に告白したくても出来ない奴だっているのに、ちゃんと手紙書いて、山本のこと好きだって伝えた人の気持ち、もっと考えてあげなきゃ――」

「なんで、そんなにツナが必死なんだ?」

「だって……」

 言葉の続きは出てこなかった。
 だって、オレも山本が好きだから――などと綱吉が言えるはずはない。綱吉は開きかけた唇を引き結んで、ジッと山本のことを睨んだ。彼は曖昧に笑ったままで、首を傾げる。


「うーん……、告白されんのって、けっこう面倒なんだぜ? 断ると泣かれたりするし……、あとで学校の中で会ったりすっと、すげー気まずいし……」

「そんな理由で曖昧なまま放置するのって酷すぎる」

「なんか、ツナ……、こだわるのなー。俺のことなのに」

 山本の言葉に内心ではぎくりとしながらも、綱吉は不機嫌そうな表情をたもって、彼のことをかるく睨んだままで答えた。


「山本のことだから、……こだわってるんだよ」

「へえ、俺って、意外とツナに好かれてんのな」

「……そうだよ。オレは山本のことが好きなんだ」

「そっか。俺もな、ツナのこと好きだぜ?」

 ちょっとおどけるように山本が笑顔をつくる。
 なんだかきゅうに、綱吉は悲しくなってきた。

 綱吉の言う好きと、山本の言う好きは違いすぎる。温度も色も熱も違う。これからも綱吉は山本に告白するつもりはない。いまの関係が壊れてしまうことのほうがよほど綱吉にとっては恐ろしいから、山本に想いを伝えることはない。ということは、これから一生、綱吉は山本への想いを抱えたままで生きていくことになる。本当のことなど口に出来ないまま、ずっと、ずっと――。そう考えると、綱吉は苦しくて、悲しくて、泣きたいような気持ちになった。


「オレの好きは山本の好きとは違うよ。オレは、……オレは、山本に抱かれ――」


 ぞっとして、綱吉は自分の心臓が止まったと思った。口から出そうになった言葉を飲み込むように息を止める。

「――え?」

 見開いた綱吉の目に、首を傾げる山本の様子が映る。

「ツナ、さっき、なんて言った?」

 綱吉は口を覆っていた手を下ろして、きつく唇を引き結んだ。言いかけてしまった言葉をなしには出来ないだろう。綱吉は動揺しきってしまっていて、正常な判断など出来るような状態ではない。言ってしまった。知られてしまった。そんな事実ばかりがぐるぐると頭のなかを巡っていて、冷静になる余裕など一切ない。


「ツナ、どうし――」
「なんでもない!」


 声をかけてきた山本の声を遮るように叫んでから、綱吉は片手で口を覆った。口を開けば、余計な言葉しか出てこないような気がして、綱吉は歯を噛みしめてぎゅっと目をつむった。興奮したせいか、閉じた目の縁から涙がもりあがって頬を流れ落ちていく。これでもう言い訳は出来ない。泣いてしまった綱吉の「なんでもない」という言葉を山本が認める訳はない。綱吉は山本の言葉を聞きたくなかった。何か一言でも、否定されるような言葉を聞いてしまったら、綱吉は明日からどうしていいのか分からない。足下から瓦礫のように身体が崩れていき、世界がぐらぐらと揺れているようだった。

「なんでもなくねーだろ。だって、ツナ、泣いてるだろ」

「なんでもないんだってば……っ! じゃあね、山本!」

 綱吉は目を開いて、机のうえの鞄を手に掴んで教室から――、山本の前から逃亡を図った。が、素早く動いた山本に腕を掴まれて阻止されてしまう。同級生とは思えないほど、大きな手に腕を掴まれ、綱吉は思わず口からうなり声のような声をもらしてしまった。胸のなかをのたうち回っている感情が言葉にならない。奥歯を噛みしめて、涙の膜が新しく浮かんできた目を瞬かせて涙を数粒頬へ流してから、綱吉は顔をあげて、山本のことを睨み上げた。

「ほうっておいてよ!」

「ほうっておけるか!」

 険しい顔をした山本が声を荒らげる。あまり聞いたことのない彼の荒々しい声に驚いて、綱吉の涙は止まってしまった。山本は目を伏せて歯を噛みしめているようだった。綱吉は腕を振って、彼の手から腕を抜こうとしたが、山本はしっかりと綱吉の手首を掴んでいて離してはくれなかった。

 音もなく山本の伏せられていたまぶたが持ち上がる。黒くてきれいな山本の瞳が綱吉のことを見下ろす。心配げな、優しい瞳を見ていると、綱吉は自分の胸の内で彼にすがりたくなる気持ちが肥大していくのを感じて――、恐ろしくなった。綱吉は男だ。女の子とは違う。同じ男である山本にとって、綱吉が抱いている感情は奇異、もしくは異常で、不潔で、気持ちの悪いものでしかないに違いない。否定される。拒否される。拒絶される。ぐわんぐわんと頭のなかで不愉快なことしか再生されなくなり、今にも座り込んでしまいたくなってくる。


「さっき、オレ、なにかツナが泣くようなこと、言ったか?」

「ちがう」


 声を絞りだすようにして否定しても、ほとんど信憑性はないかもしれない。綱吉は俯いて懸命にどうやって、こぼしてしまった言葉の欠片を回収しようかと考える。しかし、いくら考えても、どうすることも出来ない気がして、胃のあたりが苦しくなってくる。


「手、離してよ。やまもと」

「なにが原因でツナは泣いてんの?」

 懇願するように言った綱吉の言葉を無視して、山本が言う。

「……手、離して……」

 山本の声を無視して、綱吉は同じ言葉を弱々しく繰り返した。前髪ごしに、山本が苦悩するように眉間にしわをよせて、唇を浅く噛んだ様子が綱吉の目に映る。それ以上に、山本が嫌な顔を浮かべるのを綱吉は見たくなかった。綱吉は思いっきり腕を振った。すると、考え事でもしていたのか、わりとあっさりと山本の手から腕を取り戻すことに成功することができた。その隙を逃さず、綱吉は素早く廊下へ駆け出す。

「ツナ!!」

 廊下へ出た綱吉を追うように踏み出そうとしていた山本に向かって、綱吉は叩き付けるように叫ぶ。

「オレが言ったことは忘れて! ぜんぶ忘れて!!」

 山本の答えなど聞かず、綱吉は全速力で廊下を走った。階段を降りていく途中で、山本が追いかけてこないことを振り返って確認した途端、また急に泣けてきて、綱吉は歯を噛みしめて涙をこらえた。

 下駄箱からスニーカーを取り出して叩き付けるようにコンクリートのうえへ投げて、下履きを下駄箱につっこんで、綱吉はつま先をスニーカーに入れた。つま先で地面を蹴って靴を履いていると、ぽたっと砂埃に汚れたコンクリートのうえに水滴が落ちた。それが俯いている自分の涙だと分かって、よけいに悲しくなって、綱吉は制服の袖で両目を乱暴に拭った。

「泣くなよ、ばか」

 小声で自分を叱咤してから、綱吉は早足で歩いて昇降口をくぐって外へ出た。すでに日が暮れた校庭にはもう誰もいない。無人の校庭をほとんど走るようにしてつっきって、綱吉は逃げるように家路を急いだ。





×××××





 学校から走って帰宅した綱吉は、具合が悪いからと奈々に言って、自室の布団の中に潜り込んだ。涙はもう止まっていたけれど、心から流れ出してしまっているものは止めようがなかった。放課後のやりとりを思いだしては自己嫌悪に陥り、じわじわと精神的な苦痛で胃のあたりが痛みを訴えてくる。布団のなかで身体をまるめて綱吉は目を閉じていた。何にも考えないでいようと考えながら、綱吉はいつの間にか眠ってしまった。

「おい。ツナ」

 目が覚めたのは、リボーンの声に呼び起こされたからだった。布団にもぐって枕に頭をのせたまま、綱吉はぼんやりと枕元に立っている家庭教師を見上げる。

「――なに?」

「お客だ」

「――お客?」

「山本だ」

 ぞわりと綱吉の全身を悪寒がかけぬけた。片腕で布団をはらいのけ、綱吉はベッドのうえで飛び起きる。

「お、オレ、いないって、言って!」

「ああん?」

 ボルサリーノの縁の下で険しい顔をして、リボーンが片方の眉を持ち上げる。

「ふざけんなよ。居留守なんてつかったら、おまえ、明日から山本と顔あわすのが嫌で学校行かねーとか、そういうこと言い出すだろ? 何があったかは知らねーが、ちゃんとボスとして部下とコミュニケーションくらいとりやがれ」

「でも」

「行け。あいつ、家の外で待ってるぞ」


 否と言わせない圧力が込められた声音でリボーンが言う。綱吉は顔をしかめてしばらくベッドの上でどうしたらいいかと思案していたが、リボーンに蹴られそうになり、仕方なくベッドから降りた。制服のままでベッドに寝ていたせいで、シャツもズボンもしわが酔っている。あとで奈々に怒られると思いつつも、綱吉は制服を脱いで、長袖のシャツとジーパンに着替えて携帯電話と財布をズボンのポケットに入れて部屋を出た。

 今は会いたくない。
 明日になれば、何事もなかったように笑えるはずなのに。
 タイミングが悪い。

 陰鬱な気持ちで胃の辺りがむかむかしてくるのを感じながら、綱吉は階段を下りていった。リビングルームでは、奈々とビアンキ、それと子供達がテレビを見ている。八時台のバラエティ番組だった。時計は見えなかったけれど、おそらく八時は過ぎているのだろう。

 綱吉はリビングへ一声かけてから、玄関へ向かった。スニーカーにつま先をいれて靴を履いている間も、今からでも遅くないから、どこかへ逃げ出してしまいたいと綱吉はずっと思っていた。が、玄関の先に山本がいる以上、逃げ場は何処にもない。部屋にはリボーンがいるだろうから、今さら部屋に戻って閉じこもることもできない。

 深く深呼吸をして、波風がたちそうな心の表面を沈静させる。頭に血を上らせて余計なことを口走るのはもうやめたかった。片手を持ち上げて胸をおさえる。だいじょうぶ。だいじょうぶ。友達と会って話をするだけだ。と、言い聞かせて、綱吉は胸をおさえた手で玄関のドアノブを握って回し、ドアを開けた。

 ぱっ、と玄関脇に設置されている照明センサーが作動して、玄関の辺りだけが照らし出されて明るくなる。眩しさに綱吉が双眸を細めた先――、玄関の柵の向こう側に背の高い人影が見えた。


「やまもと……」


 名前を口にしただけで、綱吉は息が出来なくなりそうだった。玄関のドアを閉めて、柵の辺りまで歩いていくと、山本はフード付きのパーカーのポケットに両手を入れたまま、にこっと笑って綱吉を見た。


「――よう。ツナ。わりぃな、家までおしかけちまって」

「……ううん。で、なに?」

 柵ごしに綱吉が問うと、山本はポケットから片手を出して路地を指さした。

「ちっと、歩かねーか? 天気いいし、月夜の散歩ってことでさ。な?」


 断ることもできず、綱吉は「うん」と頷いて、柵を出て歩き出した山本の隣へ並んで歩き出す。こうして綱吉と山本が肩を並べて歩くと、彼の背が高いことがはっきりと分かる。そして相対するように、綱吉自身が小柄なことが浮き立つ。いくら小柄だとしても、綱吉は男だ。女の子のように華奢でもなければ、やわらかそうな体つきな訳でもない。そんなことをぼんやりと考えるだけで、ぐずぐずと心が崩れていくようだった。男のくせに女々しすぎるだろうと自己分析しつつも、仕方ないだろう、山本のことが好きなんだから――と言い訳する自分もいた。ぐるぐると思い悩もうと、結局、綱吉は山本武という人間のことを考えることをやめられなかった。

 しばらく、綱吉も山本も何も言わずに黙って歩いた。すこし先を行く山本の行き先は分からなかったけれど、特に目的はないみたいで、路地を曲がることもなく、まっすぐに歩き続けていた。


「オレ、ちゃんと、先輩には返事してきたから」

 ふと、山本が前を向いたままで言った。
 綱吉は横目で山本のことを見てから口を開く。

「理科室の?」

「うん。あのあと、行ってみたら、ずっと待っててくれたらしくて。ちゃんと、謝って、断ってきた」

「そう……」

「ツナ。まだ、怒ってるのか?」

「え?」

 驚いて綱吉は山本を見た。山本も綱吉のほうを向いていて、彼は困り果てたような表情に微笑をうかべる。

「オレが無責任なこと言ってたから、怒ってくれてたんだろ?」

「あ、ああ……。ううん。怒ってないよ、もう」

「そっか。よかった……。俺、ツナに嫌われたんかとおもって、すげー、不安だったんだ」

 心底、ほっとしたように息を吐いて、山本が目を閉じて俯く。そしてぱちりを目を開いて、またいつものように明るい笑顔を見せた。まぶしいな――と綱吉は思った。山本の笑顔がこんなにも眩しいのは、やはり綱吉自身が山本に惚れていることに他ならない。触れたいと思った。抱きしめたいと思った。それがいけない事だとも自覚していた。けど、思いは枯れることはなく、溢れてくるばかりで、もう抑えようがない。

「……オレのほうこそ、山本に嫌われたと思ったよ」

 ぽつりと綱吉がもらすと、山本は「俺が?」とおどけるように言って、すぐに言葉を続けた。

「俺がツナを嫌うなんてことはねーよ。ツナは俺の唯一だから」

「ゆいいつ?」

「そ。ただ、ひとつの、……っていうか、ただ一人の人だから」

 山本の言葉が理解できなくて、綱吉は言葉をつまらせてしまう。どんな意味があるのかと考え込んだ綱吉は、山本に手を握られてから――、手を掴まれたことに気が付いた。ぎゅっと力がこもった山本の手から手を取り戻すことは出来そうにない。暖かい大きな手のひらに手を掴まれたまま、綱吉は笑顔を引きつらせつつ、山本を見上げる。

「――な、なに?」

 山本は短く「うん」と一人で頷いてから、真剣な目で綱吉のことを真っ直ぐに見た。

「ツナ。言ったよな。――俺の好きと、ツナの好きは違うって」

「――っ…………」

「どういう意味なんだ? どこが違うって言うんだ?」

「いやだ。言いたくない」

 綱吉は首を振って目線を逸らす。

「もしかして、ツナ――」

「言わないで!」

 目を閉じた綱吉は、両手で耳をふさいでしまいたかった。しかし、片手は山本に握られてしまっている。もう一方の手で耳を押さえた綱吉は、弱々しく首を振りながら声を震わせながら訴えた。

「言わないでよ。やまもと……。オレ、山本とのいまの関係でいたいんだ、壊したくないんだ……、言わないで、お願い、聞かなかったことにしてよ、……お願いだから……ッ」

「――ツナ、……つな、聞いてくれ」

 懇願するような山本の声に導かれるように、綱吉は閉じていた目を開き、おそるおそる山本と目を合わせた。彼は今にも泣きそうな感じの、不安そうな顔で綱吉のことを見ていた。予想していたような、嫌悪の表情が山本の顔に浮かんでいないことを知った綱吉は、膝から力が抜けてしまいそうだった。

「そんなに恐れなくていい。俺とツナの関係は壊れたりなんてしねーから。だから、そんなに怯えたりすんなよ」

「――ど、……して?」

「言っただろ? ツナは俺の唯一なんだ。俺だって、ツナのこと、ツナが考えてる以上に、ツナのこと好きなんだぜ? ……まあ、確かに、ツナの言ってる好きとはやっぱり、俺の好きは違う気もすっけど――でも、俺はな、ツナ。ツナのこと、受け止めてやるくらいの気持ちは持ってるぜ?」

 茶化すような雰囲気など一切なく、山本が真摯な眼差しを綱吉へ注ぐ。綱吉はまばたきを忘れるくらい驚き、目をまるく見開いた。受け入れる――などと簡単に口にした山本に対して、見当違いとは分かりつつも、怒りや苛立ちに似た歪んだ感情がわきあがる。綱吉がずっと思い悩んできたことを、山本はあっさりと受け入れようとしていることが、許せなかった。

「…………なに、言ってんの。山本」

「今まで、気が付かなくて悪かったと思う。俺も、俺の抱えてる思いで精一杯でさ、ツナのことまで、考えてる余裕なくて――」

「待って。――何を言ってるの? 山本」

「ツナは、俺のこと、好き? 俺はツナのこと、好きじゃ足りねーくらい、大好きだぞ」

「……ちがう、……違うよ、オレと山本の――」

「違わねーよ」

 綱吉の声を遮るように山本が声をつよくする。と同時に、綱吉の手を握っている手に痛いくらいの力がこもる。

「ってゆーか、別に違ってたっていいよ。俺はツナの側にいてーんだ。誰よりもツナの近くに置いてくれんのがさ、俺にとってはすげー、ほんとにすげーことなんだよ。逆にツナの側にいられねーほうが、俺は辛いよ。すげー嫌だ」

 きっぱりと言い切った山本の片手が綱吉の肩を掴む。じっと瞳を覗き込まれるように山本に見つめられ、綱吉は息が詰まりそうになる。山本は背中を丸めて、背の低い綱吉の顔を覗き込むような姿勢だ。手と肩を掴まれた綱吉に逃げ道はない。山本はすぐには口を開かなかった。綱吉はすべてが恐ろしくて、息をしているだけで精一杯だった。彼が何を言うのか予測が付かない。というより、綱吉はすでに頭のなかが混乱していて、うまく思考が出来ない状態になっていた。


「なあ、ツナは俺のこと好き? 嫌い?」

 山本が微笑みながら静かに問う。
 綱吉は唇を引き結んで首を左右に振った。

「ツナ。俺を信じて、言ってくれよ。絶対に壊れたりしないから。おまえが恐れてるようなことになならねーから、さ。――言ってくれ」

 綱吉は目を伏せ、唇から力を抜いてゆっくりと呼吸をした。一度目を閉じて、心の中で一から五までの数字を数えて決意をする。閉じていた目を開いた先には、山本の微笑む顔があった。彼の微笑が消えることがないように祈りながら、綱吉は想いを口にした。


「……好きなんだ……。同性なのに、オレ……、山本のこと、好きなんだ……」


 山本はくすぐったそうに綱吉の言葉を受け入れて小さくあごを引いた。そして持ち上げた両手で綱吉の肩を掴んだ彼は、額と額をぶつけるような勢いで近づけ、ニィッと明るい笑顔を浮かべて双眸を細めた。

「――な? 壊れたりしねーだろ?」

「……やまもと……」

 へなりとその場にしゃがみ込みたくなるのをこらえ、綱吉は両手で山本の上着の胸元を掴む。彼の上着を掴む自分の細かく指先が震えているのが分かって、綱吉はさらに脱力してしまいそうになった。一生、生涯、口にしないと思っていた言葉を口にしてしまったという興奮と恐怖が綱吉の心臓を大きく脈打たせていた。

「ツナのこと、ぎゅーってしてもいいか?」

「――……はっ? なに、言ってんの?」

「なんか、そーゆー感じじゃね? いまの流れだと」

「いきなりなに言ってんの? 誰かきたらどうすん――」

 抵抗しようと両手で山本の胸を押そうとした綱吉だったが、行動を起こすのが遅すぎた。山本は両腕を綱吉の背中に回して、ぎゅっと固定してしまう。

「ちょっと、山本――」

 綱吉が胸を押し返そうとも、山本は微笑むばかりで腕をゆるめようとしない。

「だいじょうぶ。壊れたりしないよ。俺からは絶対に壊したりしない」

「……それって、オレから壊すって……、そういうこと?」

「そんなところ、かな。俺はツナとの繋がりを断とうなんて絶対思わねーもん。だから、俺とツナの関係を壊すとしたら、ツナの方からしか考えられねーよ」

「馬鹿なこと言わないでよ。俺は山本との関係こわしたりしないっ」

「なら、いいんだけどなー」

 片手で綱吉の頭を撫でながら山本が首を傾げる。その表情に、綱吉に対する拒絶はない。むしろ、好意的とすらとれるような雰囲気がある。そのことがまるで夢のようで綱吉はぼんやりと山本のことを見上げた。山本は綱吉と目をあわせると、しあわせそうな顔をする。都合の良い幻でも見ているような心地で、綱吉は小さく囁いた。

「……山本がオレを選ぶなんて、変だ」

 くすっとおかしそうに笑った山本が、わずかにあごを引いた。背中をまるめた山本の前髪と綱吉の前髪が触れあいそうになる。

「俺はツナが俺を選んでくれて、嬉しい」

 間近で微笑む山本のことを見ていられなくて、綱吉は目を伏せた。顔が熱をもつのを自覚しつつ、綱吉は細長く息を吐いて、荒れ狂いそうになる心を落ち着ける。どきどきと大きく脈打つ心臓の音が触れあっている箇所から伝わってしまうのが嫌で、綱吉は山本の腕のなかで身じろいでみたが、彼は両腕を解いてはくれなかった。

「……気持ち悪くないの?」

「うん?」

 うつむいたままで綱吉は言葉を続ける。

「オレ、男なんだよ? 男のオレに好かれて、気持ち悪くないの?」

「ツナに限っては、平気みてー。気持ち悪くねーよ。逆に、嬉しいもん」

「……そんなこと言うの、変だよ……」

「うーん。変とか、変じゃないとか――。どーでもいいんじゃね? 俺はツナとならキスも出来るだろうし、セックスだってやり方さえ分かれば出来ると思うぜ?」

 突然に出てきた単語に驚いて、綱吉は息を止めて顔を上げてしまった。ばちり、と山本と綱吉の目が合う。みるみるうちに綱吉は自分の顔が赤くなっていくのを感じた。性的な意味合いを含んだ好意を抱いていたとはいえ、好きな相手に直接的な言葉で告げられることなど受け止めきれるはずはない。しかも、綱吉はいま、山本の腕のなかに抱かれていて密着している。痺れるような感覚が全身を駆け抜けていって、一瞬、綱吉の思考は真っ白になった――が、すぐに覚醒する。

「はっ、なに、言って――」

 かろうじて言葉になったのはそこまでだった。綱吉は口を閉じて、こみあげてきた羞恥心に耐えることしかできない。山本は赤くなって沈黙した綱吉の様子を見て、双眸を細めるように優しく微笑んでわずかに首を傾げた。

「だから言ったろ? 俺はさ、ツナが受け入れてくれんなら、ツナのすぐ側にいたんだって。出来ることならずっと――、長いこと、側にいてーって思ってんだ」

「――なんで? どうして、オレにそんなに……」

「ツナが俺の「いのち」だから」

 山本の手が綱吉の頬を包む。同年代と思えないくらい、大きな手が綱吉の顔に触れていた。そっと、こわれものに触れるような優しい触れ方だった。すぐ目の前にある山本の双眸を見上げながら、綱吉は「いのち?」と彼の言葉を繰り返した。山本は笑って「そう。生命なんだ」と言って、白い歯を見せるようにして笑う。

「屋上から落ちたあの日から――、俺の生命はツナになったんだ」

「そんなの……、おおげさだよ」

「おおげさじゃねーよ。あの日、俺は一回死んで、そんで生き返ったんだ。あの日からずっと、世界がすっげー素晴らしいもんなんだって思えるようになったんだ。ツナと一緒にいるだけで、俺、生きててよかったって思うくらいなんだぜ?」

「……オレは、そんな……、価値のある人間じゃ、ないよ」

「価値があるどうかなんて、ツナが知らなくても、俺が知ってればいいことだよ。――なあ、ツナ。俺とつき合ってみようぜ?」

 まるで遊びの約束を交わすかのように気軽な調子で山本が言う。綱吉は訝しい気持ちを含んだ視線で山本のことを見上げた。

「――……本気で言ってるの?」

「ツナは本気じゃねーの?」

 笑顔を浮かべている山本の本心は掴みにくい。喜怒哀楽の激しい獄寺と比べると、山本の本心はいつも上手に隠されているのではないか――と綱吉は感じることが多々ある。いまでさえ、彼が本気で何を考えているのか綱吉には分からなかった。どこまで本気で、綱吉の想いを受け入れようとしているのか判断がつかない。

「つき合ったら、オレのこと、きっと嫌になると思うよ……」

「そーか? 俺のほうが、ツナに呆れられちまうって気がすっけどな」

 ゆるく綱吉の背中に腕を回したままで山本は目元に微笑みをのせたままで言う。山本の腕の感触を身体で感じながら、綱吉はわずかに目を伏せて考える。これから始まる山本との関係は、いつか破綻してしまう恐れのある関係だ。友人関係よりも深い、恋愛関係を結ぶということは、もしもこの先、別れるときがきたら、それは二度と修復のきかない離別になる。深く結びついたものが離れるとき、どれだけの苦痛を味わうのか――。綱吉はまだ知らない。それほど深く、他人と交わりたいと思ったことは今まで一度もなかった。山本武という存在を知り、彼を知るたびに綱吉は山本に惹かれていった。惹かれて、惹かれて、どうしようもなくなるくらい惹かれて――、山本のことが欲しいとさえ思うようになった。手に入れてしまえば、さらに貪欲になるのは分かり切ったことだった。けれど、目の前で花開こうとしている世界の輝かしさと美しさに、抵抗するすべを綱吉は持っていない。


「ツナ?」


 山本が答えを誘うにように綱吉の名を呼ぶ。
 やめておけ――と、心の中の誰かが言うのを綱吉は聞いた気がしたけれど、聞こえなかった振りをした。


「本当に、本気? オレ、本気にしてもいいの?」


 ぎゅ、と山本の上着の胸元を掴んで綱吉は彼を見上げた。
 山本は心の底から嬉しそうな顔をして笑顔をつくり、片手で綱吉の髪を撫でながら頷く。


「本気にしていいんだよ。ツナ。俺はおまえのこと、好きで、大好きで、失いたくねーって思ってんだからさ。すっげー、大事にする! これから恋人としてよろしくな!」

 普段と変わりのない明るい笑顔で言い切って、山本が綱吉の頭を撫でる。頭をわしわしと撫でられて子供扱いされていることへの些細な憤慨と、よく分からないままに山本から良い返事をもらってしまった混乱とで、綱吉はパニックに陥ってしまった。
 怒ったらいいのか喜んだらいいのか。
 わめいたらいいのか笑ったらいいのか。

「なんか……、もう……、わけ、わかんない……っ」

 口のなかでもごもごと言葉を噛んで、綱吉は両手で顔を覆ってしゃがみ込んだ。膝頭に両手で覆った顔を伏せ、必死に先ほどまでの山本とのやりとりを頭のなかで反芻する。こみあげてきた羞恥心に内心でのたうちまわっている綱吉をよそに、山本が呑気そうに「どした? たちくらみか?」などと言っている声が頭上から振ってくる。指の隙間から、立っている山本の足が見え、履いているスポーツメーカーのスニーカーが見えた。ふいに、すとんと山本がしゃがみ込んだのが指の隙間から見えて、綱吉はびくっと身体を硬直させて身構えた。

「つな?」

「……なに?」

「照れてんの?」

「……うっさいな」

 図星をつかれて、とっさに悪態をついてから綱吉は失敗したと思った。指の隙間からおそるおそる山本の方を見上げようとした瞬間、片腕が伸びてきて綱吉の肩を掴んだかと思うと、山本の顔が綱吉の顔にせまってくる。指の合間から近づいてくる山本の顔を見て、綱吉は驚いて動きを止めてしまう。意地悪そうな微笑を口元に浮かべた山本が、両手で顔を覆ったままの綱吉の額に唇を寄せる。ぞわっとした悪寒なのか快感なのかよくわからない衝動にかられ、綱吉は腰が抜けてしまいそうになり、へたりと地面のうえに尻餅をついてしまった。顔を覆っていた両手をはずし、山本のことを見上げると、彼はにやにやと意地の悪い顔で笑って白い歯を見せる。


「ははは、可愛いのな、ツナ」


 無邪気そうに笑う山本の様子に脱力して、綱吉はそのまま地面に仰向けに倒れてしまいたい気持ちになった。ため息をひとつついてから、山本と視線を交わらせて綱吉は苦笑をした。


「……可愛いとか、言うな」

「んー? 可愛いよ。ツナは」


 悪びれた様子もなく繰り返した山本の手が綱吉の頭に触れる。髪の毛の感触を味わうようにゆっくりと綱吉の頭を撫でながら、山本は双眸を細めるようにして笑う。


「俺の側にずっといてくれよ?」

「え、……うん。山本が良いっていうのなら、オレも側にいたいよ」

「良いって言うに決まってるだろ。俺、ほんとにさ、ツナがいなくちゃ、生きてけねーんだから」

「……オレが、山本のいのちだから?」

「うん。そう。――ツナはオレの生命なんだ」


 当たり前のことように言った山本の腕が、綱吉の頭を抱えるように抱く。彼の胸元に抱きしめられて緊張しつつも、綱吉は片手で山本の腕に触れた。


「息が絶える日まで一緒にいような。ツナ」

「……やまもと……」


 彼の名を呼ぶ以外に言葉が見つからなくて、綱吉は山本の胸元に額を押しつけて目を閉じる。

 いつか息が絶える日。
 山本と共に生きていられたら、幸せなんだろう。

 そんなことを思い描きながら、綱吉は山本の身体に両腕を回して、彼の身体をぎゅうっと抱きしめた。









【END】