逡巡は一瞬。 意思はすぐにスパナの身体を動かした。その場で出来る限りの偽装工作を施してから、入江正一に連絡を取った。スパナの言葉を聞いた彼は、ありがたいことにいろいろと詮索することなくすぐに通信を切ってくれた。 破壊されたモスカを放置していくことになったが、スパナが両腕に抱えている人間の方が価値があった。破壊された機械は瓦礫、瓦礫を解析して改良点を見つければ、よりよいものを作る事が出来るかも知れない――が、やはりそれよりも、両腕の重みへの興味の方が勝っていた。 正一から支給された用水路の地図を見て、監視カメラに写らないように研究室へ戻った。かなり遠回りをしたが、特に苦にならなかった。抱えていた綱吉の身体が軽いせいもあっただろう。 研究室に戻ってから、スパナは綱吉のことをとりあえず床に下ろした。まずは熱いシャワーを浴びたかったが、現在は優先すべきことがある。 仰向けに寝かせた綱吉の服を探って、持ち物をすべて彼から取り上げた。そのあとで、彼が着ていたびしょ濡れの洋服を脱がせた。人間は身体が冷えると風邪をひいてしまう。そんな不便さをぼんやりと思考しながら、スパナは力の抜けた綱吉の身体をひっくりかえしたりしながら、服を脱がせた。トランクスに手をかけたが、脱がすのはやめた。スパナは気にしないが、綱吉が気にするかも知れない――とほんのわずかだが思ったからだ。 濡れた服を干し終えてから、床に放置しっぱなしだった綱吉を仮眠するために使っている布団に寝かせてみた。体を温めておけば、衰弱しないはずだ。綱吉の額に触れてみると、少し熱かった。スパナが目にした炎を打ち出した技は身体に負担がかかっているのだろうか。彼の手を手にとってみて観察しても目立った傷はなかった。素手で綱吉の身体に触れて観察してみても、特に変わった様子はない。擦り傷と打撲あとがあるが、骨が折れているような感触はしなかった。 とりあえず、綱吉が目覚めないことを確認してから、雑多なものがぶち込まれているボックスをひっくりかえして、鎖と壊れた手錠を見つけだし、簡易的な拘束具を作った。数分もかからなかった。 作った鎖を布団近くのパイプに固定して、綱吉の手首に手錠をかけた。彼の手首は細くて、手錠の輪は限界まで輪を縮めないと手錠の意味をなさないくらいだった。 「細いなァ」 手錠をつけた綱吉の手を布団のなかへ戻す。 枕に頭をのせている綱吉は目を閉じている。呼吸も正常で、眠っているだけのようなので、スパナは少なからず安心した。スパナが出来る人間に対する治療は限界がある。 布団の側にしゃがみこんで、綱吉のことを見下ろす。彼の小さな身体のどこに、モスカを破壊しうるだけの力が秘められているのか――、現時点では解明できていない。未知の領域だ。 ぞわっとした期待感のようなものが、スパナの体を震わせる。 まだ知り得ない未知の領域、 そして解明できていない事象――、 スパナはそういった事柄にしか興味がない。 スパナは手を伸ばして、綱吉の額に触れ、頬を手のひらで包んだ。 温かい。 生きている人間の温かさがあった。 「早く、起きろ。サワダツナヨシ」 綱吉は目を閉じている。 スパナはこみ上げてくる笑みをこらえずに唇にのせ、綱吉の頬を指先で撫でながら、綱吉の顔へ顔を近づける。 「……オレにあんたのことを教えるんだ。そうしたら、あんたはもっと強くなれる」 愛らしい子供にしか見えない彼の炎の、圧倒的な強さが瞬きをするスパナの瞼のうらに一瞬の閃光のように浮かんで消える。彼の額の髪をかきあげ、あらわになった肌にスパナは唇で触れる。子供はあまり好きではなかったが、綱吉だけは別だ。彼が秘めている能力はスパナにとっては魅力的すぎる。 綱吉の目は開かなかったが、みじろぐように微かに首を左右に振った。もうすぐ意識を取り戻すのかもしれない。ふと、日本人といえば「おもてなしの心」だということをスパナは思い出した。 「粗茶ですが、だったっけ? そちゃ、そちゃ」 小声で呟きながらスパナは立ち上がる。 「お茶、おもてなしのこころ、……友好的なのをアピールするには良い風習だ」 己の独り言に笑いながら、スパナはお茶を入れるためにキッチンスペースへ向かった。 【さあ、あんたはいったいウチに何を見せてくれる? ボンゴレ十代目】 |
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