SUGAR・SUGAR・SUGAR






 ベッドの上で上質の布団にくるまって眠っていた綱吉は、近づいてきた人の気配によって眠っていた意識を瞬間で覚醒させた。暗殺されないように家庭教師に仕込まれた癖は当たり前のように綱吉に浸透している。

 ベッドに横になったまま見開いた目の先に、麗しい雲雀恭弥の顔があったので、綱吉は入りかけた戦闘へのスイッチを切ることだけで精一杯で、身動き一つ出来なかった。

 凄みのある目元さえ、整いすぎた容貌にとっては魅力となる。うっすらと微笑した雲雀は、綱吉が眠るベッドの横に立ち、両手をベッドのシーツの上について、身体を低くしていた。あともう少し雲雀が身体を沈ませれば、綱吉とキスすることも可能な距離だ。


「ただいま。綱吉」



「お、かえりさない」



 やっとのことで綱吉が言葉をつむぐと、雲雀は満足そうに微笑するとベッドの脇にすらりと立った。スーツの上着を脱いだ雲雀は、上着を絨毯のうえに放り、両手でシャツのボタンを外し始める。ぎょっとした綱吉はベッドのうえで上半身を起こした。


「ちょ、雲雀さん、なに脱いでんですかあ!」



 にこり、と寒気がするほど綺麗な表情で笑み、雲雀はすべてのボタンが外し終えたシャツを脱ぎ捨て、絨毯のうえに放った。鍛え抜かれ引き締まった肉体が綱吉の目の前にさらされる。幾度となく眺めたことのある雲雀の素肌には、すでに完治した傷跡がいくつか見られたが、真新しいものを見つけることはできなかった。

 綱吉が雲雀の身体に見とれているうちに、雲雀は右手を伸ばして綱吉の顎を掴んだ。雲雀の指先が触れてようやくハッとした綱吉だったが、身構える前に噛みつくような雲雀のキスが綱吉の口をふさいだ。舌と舌をもつれあわせる激しいキスを交わしあい、しばらくして満足したように雲雀が唇を離した。ぺろりと唇をなめたあと、雲雀は至近距離で綱吉の両目をのぞく。


「――怪我、してこなかったでしょう?」


「ふへ?」



「約束どおり、怪我のひとつも負わないで帰ってきてあげたんだから――」


 綱吉のシャツの裾に忍び込もうとしていた雲雀の右手を両手でおさえ、綱吉はひきつった笑顔を浮かべた。



「いや、あの……、もうすぐ夜明けじゃないですか、これから、は、ちょっと――」



「そんなの僕には関係ないよ」



「オレには関係あるんですぅ……」


 情けない声をあげた綱吉の下腹部へ雲雀は遠慮無しに手を伸ばした。ぎょっとして綱吉は身を固くする。


「ひっ、ひば、ひばっ……!」

「君だって、興奮してるじゃない」


 綱吉は羞恥で真っ赤になった顔を伏せながら、ベッドの上にのりあげてきた雲雀と距離をとるためにじりじりと後退する。

「そりゃ、男ですから、好きな人に裸で迫られたら……仕方ないじゃないですか」


 雲雀はうすく唇を開いて艶やかに笑む。ぞわりとした快感の予感に綱吉は心臓がはねあがった気がした。雲雀は左手で綱吉の右手首を掴み、右手で器用にシャツのボタンを外していく。あらわになった綱吉の鎖骨のあたりに雲雀が顔を伏せようとしたので、綱吉は身をひいて勢いよく首を左右に振った。


「ひっ、いいですから! こ、今夜、今夜なら好きにしてくれて構いませんから! ここじゃなくて、ホテルをちゃんと用意しますから!! だから今からぐっちゃぐっちゃにするのは勘弁してくださいぃ! オレ、今日は大事な会議と会食があるんで、失敗できないんですよ!」

「それ、僕は関係ないよね?」

「そりゃあ雲雀さんは今日は仕事あけになるんで休養日になるんですけど、オレ、オレ――」

 綱吉が心底困っている様子をじっと眺めていた雲雀は、あらわになっていた綱吉の首もとへ顔を伏せる。刹那、びりっとした痛みが綱吉の首もとにはしる。キスというよりは、歯形がつくほどに噛まれたような痛みだった。べろりと生暖かい舌が痛みのする肌を舐めたかと思うと、雲雀は顔を上げて綱吉と目を合わせた。愉快そうに細められた双眸が綱吉を見つめる。


「そこでなら一晩中、君をぐちゃぐちゃにしてもいいんだね? 約束、できる?」


 わずかに首を傾げるようにして雲雀が綱吉を見る。
 細い筆で繊細に描かれたかのように美しい切れ長の両眼が綱吉を見つめる。
 綱吉はいつでも、何度でも、雲雀の瞳に見つめられると抵抗しようという気持ちがなくなってしまう。



「――はい」


 素直に綱吉が返事をした態度に雲雀は少しだけ意地悪そうに唇だけで笑んだ。


「良い子」



 そう言って、雲雀は両腕で綱吉の身体を抱きしめた。雲雀の素肌が、はだけてしまっている綱吉の肌と触れあい、綱吉は妙な気持ちがせり上がってくることから必死に意識を反らそうとした。自ら拒否をしておいて綱吉自身がむらむらしてしまっては元も子もない。綱吉は雲雀の身体に寄り添ったままで目を閉じる。数日ぶりに触れる雲雀の身体――しかも無傷という奇跡的な状態の――を前に、綱吉は彼が生きて戻ってきてくれた事をつよくつよく実感した。



「雲雀さん。お帰りなさい」



 寄せていた身体を離した雲雀は、上目遣いに見上げていた綱吉の右目の脇にキスする。ベッドに腰掛けた雲雀は革靴を脱ぎ、靴下も脱いで絨毯のうえに放ると、もぞもぞと綱吉のベッドにもぐりこんできた。あっけにとられてぽかんとしている綱吉と目が合うと、雲雀は特に何の表情も浮かべずにさらりと言った。


「何にもしないから一緒に寝てもいい? いいよね」



「え、ちょ」



「ここで仮眠させて。仕事終えてからバイクで直帰してきたから眠いんだ」


 あくびをひとつして、雲雀は布団のなかにもぐりこんで俯せになった。綱吉は疑わしさと動揺が半々の視線で枕をあごの下におさめた雲雀を見下ろす。



「あの……、ほんとになんにもしませんか?」


「してもいいならするけど」


「だ、め、で、す!」


「なら、しない」


 言い切ったあと、雲雀はもじもじと動けないでいる綱吉を見て、クスリと意地悪そうに枕を両腕で抱えて笑った。



「辛いんだったら、トイレいってくれば?」



「雲雀さんの、意地悪!」



 とは言ったものの、一度興奮してしまったものはなかなかおさまらず、綱吉は仕方なくベッドを出て――よろけつつも――一番近くのトイレへいって、処理をしてきた。途中で誰とも会わなかった事を綱吉は本気で神に感謝したかった。

 大きな溜息をつきながら部屋に戻ってみれば、雲雀はにやにやと笑いながら――まるで霧の守護者のようになどと口にすれば綱吉の意識はそこで終わるかもしれない――、綱吉を待っていた。一度ベッドから出てシャツだけは着たようで、綱吉はほっとしてしまった。 ひきつった笑みを浮かべつつ、綱吉は雲雀の隣にもぐりこんだ。彼がまくらを独り占めしてしまっていたが、綱吉が眠ろうとすると雲雀が左腕を綱吉の頭の下に伸ばしてくれた。

 少しためらったあと、綱吉は雲雀の腕に頭をのせた。雲雀はふわりと笑んで、綱吉の顔に顔を寄せる。綱吉の前髪が雲雀の額に触れそうになった。


「――早く、夜がこないかな。綱吉をたくさん悦ばせてあげるからね」


 まるで遠足前の子供のようにうっとりと囁く雲雀の額に額をかるくぶつけるようにして、綱吉はクスクスと笑う。


「まだ夜明けにもなってませんよ、雲雀さん……」


 雲雀は腕枕にした手で綱吉の横髪を優しく何度も撫でる。普段の獰猛さからは考えられないような優しい仕草を感じながら、綱吉はそっと目を閉じた。








【End】