《Echo Again ―雷―》












 ベスパ PX200FL2、カラーはブルーミッドナイト。
 ヘルメットはmomo Design、カラーはガンメタリック。

 ランボがボンゴレから支給された初めての給料で買ったベスパとヘルメット。
 リボーンに横取りされそうになったのを、綱吉が止めてくれたおかげで、リボーンに奪われることなく、ランボのお気に入りの移動手段として大活躍をしている。

 晴れた昼下がりに走るのは最高だった。

 久しぶりの休日ということもあり、ランボは数日ぶりに愛車にまたがって町中を走っていた。確固たる目的はなかったのだが、少し離れた公園にでもいって、アイスクリームかクレープでも食べようかと思い始めたとき、よく通る道に見慣れない看板を発見して速度を落とす。

 アンジェリカ。

 流麗な筆記体で書かれた文字と特徴的な文様――、ランボは小さく悲鳴をあげて道の脇へとベスパを寄せてゆっくりと停車させて、看板を振り返った。少し後方になってしまったが、見間違いではなく黒地に金色の文字でアンジェリカと書いてある事に、ランボは思わず笑い出す。

 アンジェリカは絶品のドルチェを提供する洋菓子店で、綱吉はこの店のドルチェがとても大好きだった。支店が近々出来るという情報に綱吉もランボも喜んだのだが、仕事に忙殺されている間にすでに支店が開店していたようだった。

 ヘルメットをはずしてハンドルに逆さまにしてひっかけ、ランボはジャンパーのポケットに入れておいた携帯電話を取り出す。履歴から綱吉の携帯電話の番号を選んで押す。うきうきとした気分いっぱいにランボは呼び出し音を数えていた。

 八回目のコールのあと、電話がつながる。

「あ、ボンゴレですか?」

『あんだよ、アホ牛』

 スピーカーごしに凄んでくる甲高い声音に、ランボは思わず電話を取り落としそうになって、反射的に背筋を伸ばして電話をぎゅっと握った。

「え、え? リボ……ッ?」
『返せよっ、リボーン!』
『ツナは仕事中だ、電話なんかかけてくるんじゃ――』
『こらっ!』
『あんだよ』
『オレとランボの会話を邪魔するんじゃない! 子供じゃないんだから!』
『あーん? ツナ。オレを子供扱いすんのか?』
『意地悪しないで電話かえせ!』
『ちっ』

「あ、あのー」

『ちょ、勝手に切るなよな!』
『どうせくだらねー用件だぜ?』
『なんでリボーンが決めつけられんのさ』
『アホ牛の考えることなんてくだらねーことばっかだ』
『おまえね、仮にも幼なじみにさ――』
『あんなのオレの下僕で、幼なじみなんかじゃねー』

 受話器ごしに聞き慣れたやりとりが繰り返されている。

「あのー……、もし、もーし……」

 ランボは脱力してハンドルに片腕をのせて背中を丸める。
 向こう側ががやがやしていると思っていたら、急に静かになった。

『もしもし、ランボ?』

 歩きながら話しているのか、綱吉の声がすこし跳ねているようだった。
 ランボは目の前に綱吉が居るわけでもないのに、にっこりと笑う。

「ボンゴレ!」

『あ、よかった。切れちゃったかと思った。ごめんね。ランボからの着信だったからって、リボーンてばオレから電話奪っちゃってさ。――どうしたの? 今日は休みだったんだろ?』

「ええ、すこしドライブしてたんですが――、ほら、あの、アンジェリカ! アンジェリカの支店がうちの近くに出来たんですよ!」
『え、うそ!!』
「本当ですよ。あなたにお教えしたくって電話したんです」
『ヤッ、タア! これで片道一時間かけて本店に買いに行く手間がはぶけるっ。ねぇねぇ、ランボ――』

「わかってますよ。カンノーリとガトーショコラ、クッキーの詰め合わせと、チョコレイトもいくつか選んで買っていきます。楽しみにしていてください」

『わぁー! ランボ、ありがとう! 大好きッ!』

 年上の彼が無邪気に笑うので、ランボは溢れた愛しさをかみしめるようにして笑った。

「俺もボンゴレ……、ツナのことが大好きですよ」

『うっ、……いいから、そんな甘い声で囁かなくって』

「だって愛を告白しているんですから、甘く囁かないでどうするんですか?」

 思わずというふうに笑う綱吉の吐息がスピーカをとおしてランボの耳をくすぐる。

「――なんで笑うんですか?」

『だって、おまえ、……オレ、おまえがガキのころから知ってるんだぞ? あの、びーびー泣いて、鼻水たらしてた奴がさ、あまーい声で『愛を告白しているんですから』なんてさ、う、ふふふ、あはははは』

「……ツナァ……」

『ああ、……うんっ、……ごめんごめん! オレもちゃんと大好き! 可愛いダーリンがいてくれて、オレはほんとに幸せだなぁ』

「……ちょっと、泣きそうです……」

『ごめんって! ね? 帰ってきたら抱きしめてキスしてあげるから許して?』

「ほんとですか?」

『うん、うん、ほんと! だから早く帰ってきてね!』

 落ち込んでいた気分も綱吉の声音と言葉ですぐに浮上してくる。
 ランボは泣きそうになっていた顔に笑顔を浮かべる。

「――はいっ」

『ケーキ、忘れないでね!』

 明るく言う綱吉の声に、ランボは脳裏を過ぎる一抹の不安に少しだけ苦笑する。

「ねえ、ツナ」

『うん?』

「ケーキと俺、どっちの帰りを待ってるんですか?』

 うふふふ、と綱吉は笑ったあとで言った。

『オレは早く『甘いもの』が食べたいなぁ、よろしくね、ハニィちゃん』

「……ええ、わかりましたよ」

 ランボは出来る限りに甘い声で囁く。

「一刻も早くあなたが待つ館に帰りますよ。――そうしたら、たっぷりと『ハニィちゃん』を召し上がっていただきますからね。待っていてください」


『え、……ちょっと、ランボ――!』

 何かを言いかけている綱吉の声を遮るように通話終了のボタンを押す。
 そのまま電源をオフにする。
 これで綱吉からの拒絶の返事は聞かなくて済む。

 絶品のドルチェたちをえさに、久しぶりに綱吉を抱く機会が手に入るかもしれない。

 そう思うとランボの顔は否が応でもゆるんでしまう。
 リボーンに邪魔をされることも考えられたが、とりあえずアンジェリカのドルチェさえあれば、綱吉がどうにかしてくれるだろう。

 とことん、綱吉は《甘いもの》に目がないのだから。

 ランボは笑いをかみころすようにして、携帯電話をジャンパーのポケットにつっこんだ。
 
 

《恋人との甘いひとときに喜ぶ年下の恋人とつながらない電話を片手に途方にくれる年上の恋人》