『獄寺の部下というカテゴリーの名も無き存在がいても許せる人向けです……すいません』












《Echo Again ―嵐―》















 呼吸もままならないほど全力で疾走――、ガソリンが引火して車が炎上したのか、目が眩むような閃光が夜の闇を切り裂いて、道路の左右に広がっている森を照らし出した。途端、背後から熱風がおしよせ、獄寺は思わずよろめきかけた。後ろを振り返ってはいないが三人の部下とは違う、多数の人間が追いかけてくる気配がした。刹那、発砲音が立て続けに数回、どれも獄寺たちには貫通しなかった。お互いに走っているため、照準があわないのだろう。立ち止まれば命はない。
 

走りながらスーツの内ポケットから携帯電話を取り出し、素早く履歴から番号を選んでコールを始める。

呼び出し音は五回、電話が繋がった。

『もしもし、獄寺くん、どうし――』

「十代目、応援をお願いします、アルディナーレに感づかれました!」

 電話の向こう側で綱吉が短く息を吸った。
 発砲音は続いている。
 獄寺は呼吸に喘ぎながらも、叫ぶように続けた。

「ここで、俺が手をだせば、相手のほとんどが、死んでしまいます、生きて捕らえられません、それでは、せっかく追尾してきた、密売ルートを知る者が、いなくなって、しまします、それは、まずい――、捕縛できるだけの応援を――!」

『いまリボーンがランボと骸を連れて向かった! 状況は!?』

 獄寺は走りながら後ろを振り返る。数台の車のヘッドライトが炎上している車の横を過ぎて近づいてくる。エンジン音が唸り声のように重なって響き渡る。

「おいっ、こっちだ!!」

 部下達に目配せをして、獄寺は道路をはさむようにして広がっている森の奥へ走り込む。革靴にはむかない、枯れた木々の葉や枝を踏みしめながら、獄寺達は暗い森へ入り込んでいく。相手が赤外線のスコープを用意していたら厄介だ。獄寺が連れている三人は、嵐の部隊のなかでも、腕利きの人間ばかりだが、いかんせん、相手の人数がこちらの数倍以上となると、手持ちの武器だけでは対応できないはずだ。獄寺が所有しているダイナマイトは出来ることなら使用したくはない。相手を殺してしまっては密売ルートを特定できない。しかし、相手は獄寺達を殺すつもりで襲ってくる。考えれば考えるほどこちら側の不利がはっきりとしてくる。獄寺は舌打ちをして、不穏な考えを頭の隅へ放り投げた。

『獄寺くん!?』

 耳元で綱吉の叫び声が聞こえ、走る事に集中していた獄寺はハッとする。

『ねえ、大丈夫なの!? 怪我は!?』

「まだ、みんな、無傷です!」

『くそっ、オレも――』

「駄目です、十代目! あなたは来てはいけない!」

『だってッ』

「大丈夫です、必ず戻ります、戻ってあなたに会いに行きます、だからそこにいてください」

 ボンゴレの屋敷内にいるかぎりは綱吉は安全だ。
 獄寺は電話の向こう側にいる綱吉を思って、呼吸すら苦しいというのに微笑を浮かべる。

「帰ります、みんなで、絶対に!! なあ、おいっ、そうだよな!?」

 獄寺は叫んで、電話を耳から話して後方へと掲げる。

「ええ、そうです!! 俺たち、必ず帰りますから!! ボスはそこで待っててください!」

 黒縁の眼鏡をかけた男が叫んだ。

「我々のこと、信じてくださいよ、ボス!」

 顎髭をはやした赤髪の男が笑いながら言った。

「帰ったら、ボスの笑顔絶対に見に行きますから! 笑って迎えてくださいねえ!」

 最後に叫んだ金髪たれ目の青年の頭を、彼を挟んで走っていた男達が同時に腕を伸ばしてばしりと叩く。

「アホか! ボスになんてこと言いやがる!」
「だってそれぐらいの気合いじゃないと、ちょっと泣きそうなんですよ! おれ、現場に出た回数、ようやく両手両足の指の数越えたとこなんですからァ!」
「ふざけたことを言うな! 馬鹿野郎!」
「おれ、ボスに憧れて、この世界に、入ったんですもん! ボスのファンなんですもん!」
「もん!とか言うんじゃねえ、このクソガキ!」
「おまえ、あとで俺達と反省会だからな! 酒の美味い店、みつけておけよ!!」
「反省会、って、なに、すんで、すか!? っていうか、まさか、おれの、おごりですか!?」
「当たり前だろ! てめえがおごらないで誰が金はらうんだよ! へばってんじゃねーぞ、クソガキ!」
「俺達がたっぷりボスについて、ボンゴレについて教えてやるって言ってるんだ! そのあとでなら、ボスのこと語ったって、いいってことにしてやる!」
「えー、なんですかァ、それえ! ボスは、みんなの、ボスなんじゃあ、ないんですかァ!?」

「あは、は! おまえら本当に馬鹿だな! 俺のことも呼べよ、その反省会!」

 もう苦しくて苦しくて仕方がないのに獄寺は笑ってしまった。綱吉のことを敬愛している獄寺の部下達もまた、獄寺と同じように綱吉を敬愛し崇拝している人間たちが多い。綱吉が好かれているだけで、獄寺自身も嬉しさがこみあげてくる。

 走りながら携帯電話を耳にあてる。

「ね、十代目、俺達はきっと帰ります! だから、笑って迎えてくださいっ」

『――うん、うん、……うん! 待ってる、待ってるから!』

 感極まったように言葉を繰り返しながら、綱吉は言う。

『みんなのこと、待ってるから! 帰ってきたらみんなで一緒にご飯を食べに行こうね!』

「ええ、ええ! 行きましょう! こいつらきっと喜びます!」

『獄寺くんっ、お願いだから、無理はしないで! もしものときは反撃してね!』

 綱吉の語尾と銃声が重なった。振り返る間もなく、連続した発砲音が続く。枯れ木を踏み折る音、風を切るように走る、心臓のビートは最高潮、恐怖ではなく、純粋な戦闘への興奮だけが獄寺の身体の隅々にまで行き渡っていく。

「電話、きります、――十代目、愛しています、必ず、帰ります!」

 電話を切ってスーツのポケットに入れる。
 獄寺は大きく息を吸って、傾き始める地面を駆け下りていく。

「隊長、なんですかぁあ、さっきのー!」

 ぜぃぜぃと喘ぎながら、金髪の青年はへらへらと笑って叫ぶ。

「ボスに愛してるってぇ! いいなあー、おれもお伝えしたいなあー! 愛してます! ボス!」

 背後で、再び二回の打撃音が続く。

「馬鹿野郎!」
「阿呆が! もう黙ってろ、おまえ!」
「痛ッ、っていうか、叩きすぎですよ、先輩たち! ひどい!」

 獄寺は思わず笑ってしまう。

「緊張感ねえぞ、おまえら!」

「隊長こそ、笑ってんじゃないですかァ!」

「てめえはほんとに、呆れるほどどっかの野球馬鹿と似てるよな、緊張感なさすぎ」

 獄寺は走る速度を落としながら片腕を上げる。それに合わせて三人の部下達も速度を下げる。

「おまえら、携帯持ってるよな?」

 男達はうなずく。

「携帯のGPSの機能たどって応援が合流するはずだ、こっから先は散って行動するぞ」

「了解」片目を細めて黒縁眼鏡の男が答える。
「OK」赤髪の男が片手をひらひらと舞わせる。
「分かりました!」金髪の青年が敬礼するように片手を額にそえる。

 三人は走りながらそれぞれに拳銃を抜く。

「おまえら、死ぬじゃねぇぞ。無事に帰ったら十代目がディナーをご一緒してくれるんだからな!」

「ヒャッホー! それは死んでも死にきれませんねぇ! 絶対に生きて帰らなきゃいけませんっ! ボスとディナー、夢のようです! おれゾンビになってでも行きますよーっ! イエー!」

 奇声を上げた青年は、男に殴られそうになったのを飛び退いて避け、木々の合間に走っていった。

 獄寺と男二人は視線を交わしたあとで、それぞれに苦い顔をする。

「馬鹿は気楽でいいよな、隊長」
「泣いて怯えるよりはいいだろ」
「そりゃそうだ」

 赤髪の男が笑って、左側の林へ走ってそれていく。

「隊長、じゃあ、またあとで――」
「死ぬんじゃねえぞ」
「隊長こそ。怪我するとボスが泣くぜ?」
「ばかやろ」

 皮肉っぽく笑った黒縁眼鏡の男が拳銃を持った右手をあげて、右側の林の奥へ走っていく。

 夜の森に消えていった部下達の姿はもう見えない。

 獄寺は再び速度を上げて走り出す。

 高揚していく気持ちを静めるように獄寺は、風に乾いた唇を舐めて、身につけているホルスターから拳銃を引き抜いた。


「……死ぬなよ、おまえら……」


 祈るように呟いたあと、獄寺は振り返って拳銃の引き金を引いた。

 銃声が木々の合間を突き抜けるように響き渡る。獄寺の腕に強い衝撃――、薫った硝煙の匂いに獄寺は不敵に笑う。


「てめぇらなんぞに、やられっかよ!」


 嘲笑うように吠えたあと、獄寺は再び斜面を駆け下りていく。




《勇敢なる獅子の息子たちは闇を駆けながら、獅子たる青年の理想を信じて引き金をひく》






















『どーでもいい、嵐の部隊のトップ3、部下設定』


3/金髪垂れ目、間延びした言動@カナリア――天才的狙撃手
2/黒縁のメガネ、短いプラチナブロンド、神経質@シアン――頭脳派で獄寺の仕事の補佐官
1/赤髪にあごひげ、口が悪くて粗野で強引、生粋のマフィア@バーミリオン――諜報員であり常に特攻気味