01:作られた理想郷 憂鬱な気分を抱えながら、綱吉は昇降口の扉をくぐって外へ出た。 今日が数学のテストの返却日だということはすでにリボーンに知られている。思っていたよりも手応えのなかったテストは、思っていたとおりの結果となり、綱吉は落ち込んだ気分を体外に吐き出すためにうっそりとため息をついた。自宅に戻れば拳銃を片手に握った家庭教師が、にっこりと笑って左手を出すだろう。その手にテストを渡すことを考えると次第に綱吉の足取りは重たくなっていく。 いつもならば共に下校している獄寺は、無理矢理に生活指導の先生に連れて行かれてしまった。とはいえ、素直に彼がついていったわけではなく、半分は泣きつくような生活指導の教師にむかい、抵抗してダイナマイトを取り出そうとした獄寺を綱吉がなだめ、すこしくらい先生の話をきいてみたら?と言ったことによって、彼は渋々と連れて行かれたのだった。どうせならば獄寺と一緒に下校し、憂鬱な気分を紛らわせた方が多少は気分が沈まなかったかもしれなかった。 まばらに帰宅路につく生徒たちのなか、のろのろと歩いていた綱吉の耳に、騒がしい女子の声が届く。よく教室でアイドルの話で盛り上がっているときと同じような、甲高い悲鳴ともとれる声に、綱吉はなにげなく声のする前方へと視線を持ち上げる。 驚いて声も出なかった。 並盛中の石造りの校門に背中をあずけ、ふわりとした金髪の背の高い男が立っている。すらりとした体格でありながらも、きちんと均整のとれた肉体は、一目で上等と分かるブランドものとわかるデザインの洋服によって装飾されている。群がる少女たちに人懐っこい笑顔と愛嬌を振りまく男――ディーノは、綱吉に気がつくと眩しいくらいに明るく微笑んで右手をあげる。 「おー、ツナー!」 彼に群がっていた少女たちがどよめいて綱吉めがけて振り向いた。思わず背筋を伸ばして立ち止まった綱吉を少女たちはなめ回すように見て、この人とこいつに何の関係があるのか、とでも言いたげな不審な表情をした。ディーノは少女たちの隙間を通り抜け、動けずにいた綱吉の目の前まで駆け寄ってくる。 「ちょっと日本に用事があってなー。ツナと食事でもすっかと思って。ツナのママンに聞いたらまだ学校だっていうから迎えに来たんだ。外に車を待たせてるから行こうぜ。ママンには今日は遅くなるって言っておいたから大丈夫だぞ」 「え、あ」 「ん? どした?」 「し、仕事って」 「あー、ちょっとした顔見せだ。現地に赴いて相手の顔みとくの必要な事だったからな。それに日本に行けばツナに会えるしな、ツナに会うついでに相手の顔みてきたってのが本当のところだったり」 「え。ディーンさん、忙しいんじゃあ」 「そう。俺は急がしいんだ。だから時間は無駄にしたくねぇんだ。さ、行くぞ」 子供のように無邪気に笑って、ディーノはツナの手を握った。ツナは思わず緊張する。年頃の男子ともなれば、成長するにつれて、他人と手を繋ぐことなどとは疎遠になっていくものだ。久方ぶりに手のひらに感じる他人の体温に綱吉の心臓が跳ね上がる。校門前にたむろしている少女たちの不審や不可解な視線を一斉に浴びながら――なにあれ、どうして、あいつだれ、などというヒソヒソ声には聞こえないふりをした――、ディーノに連れられて校門から少し離れた場所に停車されていた三台の車に近づいていく。綱吉には車種は分からないにせよどれも高級そうな車だ。三台のうちの真ん中の黒塗りの車の後部座席にディーノと綱吉は乗り込んだ。その際、ディーノが手を離してくれたことに、綱吉は静かにほっとした。握られていた手は、体の他のどの部分よりも熱をもっているようだった。 「じゃあ、出発すっか」 「オーケィ、ボス」 運転席にいたロマーリオがバックミラー越しに綱吉と視線を交え、友好的に微笑んだ。 「久しぶりだな、ボンゴレ。元気そうでなによりだ」 「えっと、お久しぶりです。ロマーリオさん」 「はは、未来のボンゴレ十代目に『さん』づけされるなんて光栄だ」 悪戯っぽく言って、ロマーリオは車のエンジンキーを回した。 「ツナは礼儀正しいな。年上にはきちんと敬語だものな」 ディーノは話しながら、ごく自然な流れで綱吉の肩を抱いた。肩に回った腕の重みを自覚した時には、間近に整ったディーノの顔がある。同性だとしても、顔立ちの美麗さだけでいえば、ディーノは綱吉の周囲の誰よりも綺麗な顔をしている。意志とは反して速くなっていく鼓動と熱をもっていく頬に綱吉は戸惑って視線を泳がせる。ディーノは綱吉のさざ波のような動揺に気づく素振りをみせず、映画スターのように魅力溢れる微笑をうかべる。言葉はなかった。綱吉にすこしもたれるようにして、ディーノは窓の外を見ている。綱吉は自分の膝の上の手を見ていた。自分が学校の式典でも見せたことのないきれいな姿勢をしているのがおかしかった。 車のなかは静かだ。誰も喋らない。しかし、沈黙が苦痛という訳ではなかった。何か話したほうがいいとは思いつつも、ディーノと密着している部分だけで、何もかがもう充分のような気がしていた。車は渋滞にあうこともなく、様々な店が建ち並んでいる中心街へと順調に進んでいく。 乗り込んでから十数分後、眠気に負けて綱吉がうとうととしてたとき、ふいに視線を感じてディーノの方へ目線だけを向ける。彼は綱吉の横顔を見ていた。綺麗な色の瞳は見慣れぬ色で、髪の色や顔のパーツの作りとあいまって、本当に彼が異国の美青年であるのだと思い知らされる。色素の薄いまつげにふちどられた瞳は、綱吉と目があうと、嬉しそうに楽しそうにゆらめいた。 「そういや、さっき、なんだか落ち込んでたようだけど、どうしたんだ?」 弱いところを突かれて綱吉は顔をしかめる。 「実は今日、数学のテストが返却されたんです」 「あー……、うん、事情はのみこめた。で、あの落ち込みっぷりってことは――」 「……努力実らずって感じです」 「うっ。それは困ったな。あいつ、容赦ねぇからな」 ディーノが「あいつ」と呼ぶのは、綱吉の家庭教師であり伝説のヒットマンであるリボーンのことだ。リボーンは昔はディーノの家庭教師だったこともあるそうだ。そのためか、ディーノはよく綱吉をとても気にかけていてくれるらしく、こうして時間があるときは必ず会いに来てくれる。 ディーノも昔はへなちょこだったとリボーンは言っていた。今ではそんな雰囲気などないが――部下がいればの話だったけれど――、昔、リボーンにしごかれていた日々でも思い出したのか、ディーノは苦笑いをうかべてあごをひく。 「ま。とっちまったのは仕方ねぇから、次がんばりゃいいだろ」 「それをリボーンが許してくれません」 「――それもそうか。よし。じゃあ、俺も一緒に怒られてやるよ」 「え」 「それぐらいしかできねぇもんな」 「いいですよ! 俺のテストの成績が悪いからってディーノさんまで怒られるなんておかしいですって」 「まあ、兄貴分としての役割ってやつ?」 「ディーノさんにそんなことさせられませんって」 「ふふ。まあ、それはほとんど冗談だけどな」 片目を細めて笑うと、ディーノは綱吉の横顔へと顔を近づける。綱吉の全身に緊張がはしった。キスされる。と、とっさに考え、そして考えた事の 異質さに驚いて綱吉の頭の中は混乱した。ディーノは綱吉の耳元に顔をよせ、 「もっと俺を頼ってくれていいんだぞ。ツナ」 おさえめの声で囁く。背筋にはしった悪寒とは違う何かに綱吉はびくっと肩を震わせる。その様子にディーノはくすくすと笑い出す。 「ほんと。おまえは可愛いね。ツナ」 「お、男に可愛いって言うのは、失礼ですよ!」 おそらくは真っ赤になっているであろう顔を向けられず、綱吉はディーノから顔を背けて外の景色を見ていた。背後でひそやかにくすくす笑いが続く。肩にのせられままの腕を振り払ってやろうと考えたものの、そんなことをしてディーノを悲しませることは綱吉にはできない。 「ごめん。ごめん。可愛いって言ったのは謝るから、機嫌なおしてくれよ。ツナ」 「……なら、いいです」 「こっち向いてくれって」 甘えるようにディーノが言う。綱吉はまだ火照ったままの頬を気にしながらも、ディーノの方へ振り返る。彼はご機嫌な様子でにこにこと笑い、わずかに綱吉の方へさらによりかかるようにした。 「ツナといるとホント安らぐなあ。おまえは俺のオアシスだよ」 「なに言ってるんですか、もう」 「え。冗談じゃなくて本気だぞ。俺は今まで、そんな場所を作ったことはなかったんだが、ツナと知り合ってからは、急におまえに会いたくなる時があってな。時々おまえに会って潤わないと、俺、駄目みたいなんだよ」 おどけるように片目を細めるディーノとは対照的に、綱吉の気分は沈み込んだ。 「ディーノさんみたいな人のオアシスが、オレみたいな駄目なやつな訳ないじゃないですか……」 ディーノは笑うのをやめ、真摯な表情になる。 「ツナ。あのな、自分で駄目だっていうのはよしたほうがいいぞ。日本には言霊ってもんがあるんだろう。悪いことは考えたとしても、口に出さないでおくんだ」 「………………」 「ツナの良いところ、俺はたくさん知ってるよ。だからもっと自信をもって、自分の価値をよく考えろ。――な?」 言いながら、ディーノは綱吉の肩を抱いている腕とは逆の手で、綱吉の頭を子供を褒めるときのように撫でた。子供扱いされたことに腹が立ったのは最初だけで、あとは甘やかされていることを心地よく思ってしまい、綱吉はばつが悪くなって下を向く。 「俺は、そのままのツナが好きなんだよ」 ディーノは頭を撫でていた手を引っ込めると、自然な動きで綱吉のつむじあたりにキスをおとした。 「おまえは俺のオアシス。おまえに会うだけで俺はまたあの乾いた砂漠に旅立てるんだ」 気障な行動と気障な台詞に驚いて目を見開くのが精一杯。彼の行動は心臓に悪い。どう言葉を返していいか分からず、しどろもどろにディーノの名前を呼ぶ。彼はそんな態度の綱吉を見ていやらしく笑って双眸を細める。 「ツナは照れ屋だなぁ。顔、まっかだぞ」 「ディーノさん!」 「怒るなって。ごめん。ごめん」 顔の前で手のひらをたてるディーノをにらみ付ける。彼は悪びれた様子などなく、おざなりに謝罪の言葉を繰り返しながら笑った。誰もが虜になりそうな美青年は子供のように笑うのだと、綱吉はあらためて感じた。 「ボス。もうすぐ着くぜ」 ロマーリオの声がして、綱吉は運転手である彼もいたことに今更に気がついて、羞恥心で消えてしまいたい思いにかられた。運転席にいるロマーリオには、後部座席で繰り広げられていたやりとりが聞こえていたはずだったが、一切そのことには触れず、にやにやと笑うこともなかった。 車が高級そうなホテルの地下駐車場にすべりこんでいく。 「夕飯まで時間があるから、車をここに止めて、近くのブティックで買い物でもしようぜ」 「えっ、そんなとこで買えるもの、オレにはないですよっ」 「いいのいいの。オレがツナに買ってやりたいの!」 「駄目です駄目です! そんなのもらえません」 「えー。オレの楽しみ奪うのかよー」 「楽しみって……」 「じゃあ、なるべくツナの気がひけないものにすっからさ」 「……でも……」 「ツナァ、いいだろ? な?」 年上の、それも美しい青年に、子供が甘えるような顔で迫られ、綱吉は首を横に振ることができなかった。 「な、なるべく、安いのでいいんですからね」 「おーし! そうと決まればなに買うかなあ」 ディーノと綱吉の金銭感覚が同じはずはない。なんとか綱吉の小遣いでお返しのものが買える程度のものにしてもらわないと、綱吉の気がすまない。ブティックに連れて行かれる前に、どこか手近で低価格設定の雑貨屋でもなかったか。綱吉は周辺の地図を頭の中で必死に思い出し始めた。 |
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結局、ディーノが綱吉に買い与えたものは、迷彩柄のフード付きのジャンパーだった。しかも大量生産のカジュアルスタイル店での購入だ。ディーノから見ればそれは屋台で飯を買うくらいの些細な金額で、本当の贈り物はもっと特別なものを!と気合いを入れていたのだが、ジャンパーを受け取った綱吉はそれ以上の贈り物を「よし」とはしなかった。もしも他のものを買ったら、ジャンパーすら返品すると脅され、ディーノは泣く泣く安物のジャンパー一枚で贈り物を諦めるしかなかった。 綱吉のために見立てようと選んでいたブティックには、試着の予約をいれておいたので向かうしかない。鬱々とした気分でブティックを訪れたディーノだったが、すぐに機嫌はなおることになる。 結局ブティックでは、綱吉の服ではなくディーノの服を選ぶことになり、個室の特別室へと店員がいろいろと洋服を持ち込んでは、デザインについての説明をしていく。店員に恭しく手伝われながら真新しい服に袖を通して鏡に向かう。ソファに座っている綱吉とその背後に立つロマーリオの顔がうつっている。綱吉の顔は、心なしか羨望がこめられ、見とれているように見えた。ディーノが振り返って綱吉に似合っているかと聞くと、彼はにっこりと笑って「すごく格好良いです」と言った。一瞬でがっかりしていた気分が晴れ上がる。それからは着せ替え人形のごとく、様々な洋服に袖を通し、小物類すらあわせたりして、試着を繰り返す女性も顔負けの勢いでたくさんの洋服を着た。そして綱吉が特に気に入ったといった上着とシャツ、ベルト、ズボン、ネクタイピンとカフスのセット、靴下、革靴――とフルセットで購入し、とても満ち足りた思いでブティックを後にした。 とっぷりと日が暮れ、ホテルに帰ったころには空腹だった。当日に駆け込みで予約をしておいた最上階のレストラン、窓際の席でアルコールなしのディナーを綱吉と二人でとった。とはいえ、離れた席にはロマーリオとキャバッローネのファミリィの一人がいたが、ディーノにとってはそれは必要な人員だった。綱吉の前であまり無様な姿はみせたくない。 ディナーは何の問題もなく、終始楽しく過ごせた。ディーノは聞き役に回り、綱吉の学校のことや家庭でのことを聞いて、的確なところで相づちをうち、笑いをいれ、次の話題をふって、会話を途切れさせることはなかった。 ディナーを終えたあとは、綱吉を沢田家へと送り届けた。あらかじめ綱吉の母にはディナーで遅くなることは伝えていたため、玄関で短い挨拶をして彼と別れた。 別れ際、綱吉は頬を赤くして「ジャンパー、大切にします」と力強く言った。次はそんな安物じゃないものを贈ろうと思いつつ、ディーノは言葉にはしなかった。きっと高価な贈り物は盛大に拒否されるに決まっていたからだ。 運転席にロマーリオが座っている車の後部座席に乗り込む。バックミラー越しに後部ドアが閉まるのを確認したロマーリオは、エンジンをかけて車を走らせ始める。 夜を照らす外灯が車のスピードが上がっていくにつれて、急速に遠ざかっていく。光のラインだけが残像のように瞳にやきついた。 車は綱吉と食事をしたホテルに向かっている。今夜はホテルに宿泊し、朝一番の便でイタリアに向かわねばならない。本来ならば夜の便で戻るはずだったところを急に変更したため、明日から次の日にかけての予定がずれこんでいる。多少、面倒だと思いつつも、綱吉と過ごした時間を思えば、そんな苦労はささいなものだ。 「ボス」 「んー」 「ボンゴレは良い子だな」 「だろう。俺はあいつが可愛くて可愛くて仕方ないんだ」 「それは手に取るように分かってるさ。好意がだだ漏れだぜ、ボス。――ボンゴレとの時間はボスにとって、いい気分転換だったな」 「ああ、そうだな。……今朝のころの気分と比べれば、天国と地獄だな。うん、生き返った」 笑うディーノと対照的に、ロマーリオは不機嫌そうに息をつく。 「――今回は最悪のパターンだったんだ。非はすべてあいつらにあった。ボスが悪かった訳じゃない」 ロマーリオが言わんとしていることを察知して、ディーノは笑うのをやめた。ぼんやりと窓の外の夜景を眺めながら口を開く。 「まぁなあ……。裏切りの規模がでかすぎたんだよな。彼らは死をもってしかキャバッローネに報いることはできなかった」 「本当ならボスが手を下すまでもなかっただろうに」 「いや。今回のことは、俺がもっとしっかりしていれば気がつけた可能性がある」 「そんな可能性、限りなくゼロに近いだろ」 「でもゼロじゃない」 「ボス……」 「だから俺が直に彼らと対峙し、直に彼らに処罰を下すべきだ。もとは同じ名の下に集った同志なんだ、ボスの俺の手で殺してやるのがいちばんいいのさ」 ロマーリオが何か言いたげな顔でバックミラーをのぞいているのにディーノは気がついたが、気がつかないふりをして、窓の外を眺めていた。 何度も重い引き金を引いて。 腕だけでなく体に響く振動と。 爆ぜる火薬の匂いと。 生きていた人間から吹き出す血の赤。 絶命していく人間の姿。 呼吸がとまるその瞬間。 かつて生きていたものを死体袋にいれて処分する様子。 右手に握っている熱く冷たい鉄の塊とその重さ。 目に見えない。 奪った生命の重さ。 ディーノはゆるゆると息を吐く。 目を閉じて。 照れたように笑う綱吉の顔を思い浮かべる。 触れた体の小ささ。 すぐに泣きそうになること。 焦ると言葉がどもること。 誰よりも優しい心を持っていること。 そんな彼が、今の自分と同じ道を歩もうとしていると思うと、ディーノは憂鬱になる。リボーンが家庭教師ならば、綱吉は必ずボンゴレのドンになることだろう。いくら年を重ねても、おそらく綱吉の根底は変わらない。優しすぎる彼が人の生き死にこそ結果になる世界に立つというのか。考えるだけでやるせない気持ちになり、ディーノは低く唸った。 「――ボス?」 「ん。いや、なんでもない」 ロマーリオがバックミラーごしにディーノを見た。ディーノは片手をあげて彼の視線を受け流し、再び窓の外へと視線を投げる。すでに車はほとんど中心街まで戻っていた。ホテルに到着したら熱いシャワーをあびて寝てしまおう。そして早く起きて、沢田家に出発の挨拶をしにいき、綱吉の顔を見てからイタリアに戻ろう。一通り予定を組み立てる。綱吉の顔をもう一度見ることができると思うと沈んだ気持ちがすこし浮上する。 綱吉の未来がどうであれ、彼の受ける痛みを分かち合いたい。そんなことを考える。ファミリィの大きさは違えど、ファミリィのボスとして、彼を支えていくことはできるだろう。ファミリィのメンバーたちにはできないケアを、ボスであるディーノは綱吉にすることができる。そう思えば、人を殺しても生きている自分にも価値があるのかもしれない。 深く沈み込んでいたものが浮き上がってくるように、ディーノのなかでとある気持ちが明確に形を成した。それは理解し意識してしまえばより鮮明になっていく。単純でいて複雑なその想いにディーノは思わず微笑んでしまった。 ディーノのオアシス――拠り所――が綱吉であるように。 綱吉にとってのディーノも唯一の拠り所でありたい。 彼に頼りにされ。 彼に慈しまれ。 彼の弱さを支え。 彼の喜びを分かち合い。 彼の涙を飲み干し。 彼の怒りを同じものとし。 彼に求められ。 彼に愛されたい。 「一度に多くを望みすぎか……」 声にせずに口の中でつぶやいた言葉は、車のエンジン音でかき消される。 とりあえず、明日の朝目覚めたらシャワーを浴び、真新しい洋服に袖を通して容姿を整わせ、沢田家に向かおう。そしてまだ眠そうな彼に挨拶をして抱きしめてみよう。きっと腕のなかで硬直するに決まっている。どぎまぎしている小柄な彼にキスをするのもいいかもしれない。考えるだけで気分が高揚する。 今朝、人を幾人も殺したのに。 明日、人を愛そうとしている。 ディーノは自嘲気味に眉をしかめる。 車のフロントガラス向こうに、ホテルへの経路案内の看板が見えた。もうすぐ上等な柔らかい布団で眠ることができると思うと、体中に途端に疲労感がおそってくる。すぐにでも部屋に駆け込んで、洋服を脱ぎ散らかしてシャワールームに飛び込み、バスローブに着替えてベッドに倒れ込んで、愛に気がついた余韻のままに眠ってしまいたい。 久方ぶりに、良い夢がみられそうだとディーノは静かに微笑んだ。 できるのならば、綱吉が出てくればいい。 それはひどく幸福な夢に違いなかった。 |